たとえ憎みあって、殺しあってしまっても。

 僕は…君が好きだよ。

 君が忘れてしまっても、僕は覚えているから。










     Forget me










「やぁ…アスラン」

 あの憎みあった日以来の再開は、なぜかとても穏やかだった。
 カガリが飛びついて僕らを抱きしめてくれた時、僕はそのぬくもりに安堵した。
 また、きっとまた昔みたいに彼と話が出来ると信じていた。



「アスラン」

「…キラ」

 優しい君を殺さなくて本当によかった。
 僕はそれだけで、君が生きているだけで、本当に嬉しい。
 一度は離れた想いも、きっとまた繋がるはず。
 時間はかかっても、必ず。


 想いをきちんと伝えようとしたのは、きっと君と幸せになりたかったから。
 だから二人になったとき、切り出した。


「あの、さ。…あの時のことだけど…」

「…あの時?」


 アスランが首を傾げる。
 あまり自分の口から思い出させたくはなかったけど、ちゃんと話そうと決めて
 いた。

「えっと…無人島でのことなんだけど…」



 あの日―――僕らは一夜を共に過ごした。
 僕がそれまでアスランに秘密にしてきたことが露見してしまったけれど、アス
 ランは笑って許してくれて、僕らは想いを交わし、体を重ねた。

 何度も名前を呼び、好きだと囁きあった。戦争中で今は互いに敵なのに、そん
 なことは関係がなかった。

 ただ愛しいと想いあえた。

 離れていた時間を埋めるように、別れた日からの話をして、未来の話をして。
 無邪気に笑った。昔に戻ったように、抱きしめあった。
 初めて感じた、人を好きになる感情。
 愛しいと想う、その気持ち。
 それがどんなに尊いものか、どんなに儚いものか、僕らは知っていたから。



 なのに、どこで間違ったのだろう。
 僕は未だに綻びを見つけられないでいる。


「…無人島?キラ、なんで知っているんだ?」

「…え?」

「俺が地球降下の時、無人島にいたこと、なんで知っている?」

 驚いた顔のアスランは本当に知らないようだった。翡翠の目に嘘も偽りも映っ
 ていない。
 純粋に疑問だけを映している。


「アス…ラン?」

「救助が来るまで一人だったし、知っているのはザフトの一部だけのはず…」


 ―――――覚えていない?


 僕がその時無人島で一緒にいたことも、話をしたことも―――愛し合ったことも。


「そっか…」

「キラ?」


 忘れてしまった彼を責めることはできなかった。
 ただ、また彼との間に隔たりが増えた気がした。
 見えないそれが、僕を蝕んでも、きっと誰も気付きはしないだろう。












 眼前に星が広がる。
 いつもと変わらぬ白い光。ナチュラルが海を母と言うように、コーディネータ
 ーの母は宇宙だと思う。



「キラ、何かあったのですか?」

「ラクス…」


 背後から聞こえた声に振り向かない。―――振り向けない。
 僕はいつの間にかAAの展望デッキにいた。
 今、電気をつけていないここは星の薄明かりだけしかない。

 ラクスと合流してからは、ほとんどをエターナルで過ごしていた。AAに来た
 のは、少し一人になりたかったからだ。
 アスランの気配のないここなら、考えられると思った。


「部屋にいらっしゃらないと聞いて…ここではないかと」

「そう…ごめんね、何か用だった?」


 ここが暗くてよかった。今は笑える自信がない。
 ラクスがゆっくりと近づいて来るのがわかったけど、顔をあげられなかった。


「用があったわけではありませんわ。最近、いえ…合流した時からあなたが沈
 んでいるようでしたから、何かあったのではないかと思ったのです」

 誰も気づかなかったのに、ラクスにはわかってしまうんだ。

 暖かい手が僕の頬を包む。
 涙がこぼれそうになった。優しい手に縋りたかった。
 けれど、僕にはそんなこと出来ない。
 罪、罰、贖罪を背負うこの身は、彼女の白が痛い。
 それでも、吐き出してしまいたかった。
 所詮僕は強くなんかなくて、一人で立つのが精一杯なのだ。




「ラクス…アスランは何も覚えてなかったんだ。あの日のこと…」

 思った以上に弱々しい声が出て、やっぱりショックだったのだと、今更のよう
 に知る。
 目を見張ったラクスに弱々しく微笑みかけた。


 ラクスには全てを話していた。
 殺しあった後、助けてもらった時に今までのことを語った。―――あの日のア
 スランとの間にあったことも。


「そんな…!」

 ラクスが悲しげに眉を寄せる。
 けれども彼女の目に映る自分は酷く冷静な顔をしていた。

「いいんだ…僕とのことを忘れてしまって。ううん、忘れてくれてよかった。
 アスランは優しいから…」


 気にしてしまうくらいなら。今更知るくらいなら。


「キラ…!ですが…」

「アスランは僕のこと男だと思ったままだから、ラクスもそう接して?」

「…はい」

 わずかな逡巡の後、ラクスは承諾してくれた。


「…ごめんねラクス…。君にばかり僕のことを押しつけてる」

 目を伏せて、ラクスの額に自分の額をくっつける。頬に添えられたままの暖か
 な手をそっと掴んだ。

「押しつけられているなど、思っていませんわ。…キラのためですもの」

「ありがとうラクス…」

 ゆっくり目を開くと、ラクスの優しい蒼があった。
 額と手を放す。


「でも、本当によかった…アスランが忘れて」

「キラ…?」

 僕はラクスに微笑みかける。―――やっと、笑えた。


「殺しあってしまったから、どっちにしろもう駄目だと思ってた。アスランは
 優しいから、きっとつらいと思うし…変に責任を感じるかもしれない。だから、
 よかった」

「そんな…」

「これで…アスランは幸せになれるよ。ちゃんとした、きれいな人と」

 僕のように血にまみれていない、暖かいきれいな女の子がアスランにはふさわ
 しいから。


「思い出させなくて…本当に…?」

「忘れてしまったのは、その程度だったからだよ。僕も彼も殺しあって…それ
 でも好きだなんて。そんな気持ち、アスランにはいらない。きっと僕の自業自
 得なんだ。だから…いいんだ」


 ラクスが悲しんでくれているのがわかる。
 僕の代わりに、泣いてくれる。
 涙を流せない、僕の代わりに―――――。



 アスランが幸せになるなら、それでいいんだ。
 そのために、僕は戦争を終わらせる。

 きれいな世界で、彼と、彼の好きな人が、誰もが幸せになるために。







 それからアスランとカガリが近づいていくのを、僕は誰より近くで見ていた。

「アスラン!」

 眩しいほどの、笑顔。太陽のような、そんな存在。
 きれいなきれいな、カガリ。
 ああ、そんな風に、僕も彼の前で笑っていたのだろうか。
 たった数年前のことなのに、もう何も思い出せない。

「カガリ、どうしたんだ?」

 優しい笑顔。
 久しぶりに見た。翡翠を細めて、ふわりと笑う。
 幼い頃の彼がそこにいる。
 焦がれた人が、そこに。



 僕は、透明な壁の向こうにいるような―――立ち入ることの出来ない世界で二
 人が抱き合うのを見ていた。




 カガリと幸せになるのなら、それでもいいよ。大切な僕の姉だから。
 殺しあった後、君と再会した日、僕らを抱きしめてくれた彼女なら、きっと君
 を癒やしてくれる。
 僕の想いが行き着く先は永遠になくなるけれど、君が幸せなら、それでいいんだ。

 君に出逢えて、話をして、あの一夜だけ重なった想い。それがあれば、僕は生
 きていける。





 祈りは確かに届いた。彼が太陽を抱き寄せる姿に、安堵と虚無を感じたときに。







 たとえこの先に、闇しか待っていなくても。



 君を想い続けることだけ、許して欲しい。









 僕がなんであろうと。
 人であっても、人でなくても。
 どうか。


 神様。僕はきっと、あなたの腕から一人はぐれてしまったんだ。
 愚かにも、あなたの腕の中に憧れた僕は、あなたの子供を愛しました。

 それが罪だったのか、それとも甘美な幸福なのか、未だにわからない。
 紛い物の僕が知るのは、暗闇と月明かりと、かすかな歌だけ。


 神様、僕は罪人です。
 楽園を追放されてなお焦がれるくせに、どこかで待っている。

 光が指すことなど、ないと知りながら。
 夜明けを、望む滑稽な道化。
 いつかこの想いが消える日が来るとしたら、それはきっと。




















       ブログに書き始めたのは06年の12月でした。ちょっとだけ増やしてUP(え、セコイ?)
       完結させたいで…す。背景は使いまわしですみません…。

          07/07/07  ブログから再UP 「私を忘れてください」