髪が伸びていた。
 指を流れる感触はまだ記憶に残っている。
 身体は2年でふくよかな女性に変わっていた。
 けれど大きな瞳は変わっていない。ただ映す感情が見たことのない色になって
 いる。

「…アスラン」

 求めていたはずの声なのに、なぜか悲しさが込み上げた。


 胸のうちに、何か空洞のようなものがある。
 カガリといる時は埋まるそれ。
 だからカガリを想っているのだと、そう思ったのに。


 キラ。


 何が足りないのか、わからないんだ。









     未完成の星










 リュイを抱いたルナマリアが艦内を進む。
 後ろをついてくるオーブ首長たちが気になるが、努めて気にしないようにした。

「ルナちゃん」

 リュイが小さく身じろいで、前方を指さす。
 ルナマリアは小さな指の先に視線をやり、安堵の息を吐いた。
 淡い金の髪が紅によく映えている一人の少年。

「レイ!」

 名を呼ぶと、彼は振り向き、青の瞳を見開いた。

「ルナマリア…リュイ!」

「レイくん」

 身体をひねって、こちらに手を伸ばす幼子にレイは駆け寄った。
 つい先ほどリュイの行方がわからないままだと聞いたばかりだったからか、レ
 イは険しかった表情を和らげた。

「リュイ…よかった、無事だったんだな」

「うん、でもママ…」

 レイに頭を撫でられて、リュイはふにゃりと目に涙を浮かべた。
 キラと離れたことが不安なのだろう。
 レイはルナマリアの腕からリュイを抱き上げると微笑んだ。

「大丈夫だ。母さんはそんなに弱い人じゃないだろう。きっと今頃リュイを迎
 えにくる準備をしている」

「ほんと?」

「ああ。だからリュイはギルと一緒に待っているといい」

「ギル、どこ?」

「今から連れて行く」

 レイは優しく告げるとルナマリアに視線を移した。しかしその後ろにいるオー
 ブ首長たちを見て眉を寄せる。
 ほんの一瞬で無表情になったが、ルナマリアは見逃さなかった。

「ブリッジか?」

 感情を悟らせない声で問いかける姿はいつもより固い。

「ええ、お願い。あまりあの人たちと逢わせておきたくないわ…なんとなく」

 ルナマリアが眉をひそめて囁くのに、レイも頷いた。
 オーブは以前キラがいた場所だと聞いている。ルナマリアは詳しく知っている
 わけではないが、レイが二人を見て表情を変えたことで何かあるのだと察した。
 レイはリュイに一番懐かれていたし、キラも信頼している。

「あまり何を聞かれても答えるなよ」

「ええ」

 互いに頷き合い、後ろの彼らに軽く黙礼したレイは踵を返した。
 早足で去る背中を見送りながら、ルナマリアは言いようのない不安を感じてラ
 ベンダー色の瞳を細める。


 何かが起こるような気がした。










「この部屋を使ってください」

「ああ、ありがとう」

 客室というには多少質素だが、主賓室は議長が使用するはずだ。部屋を指定し
 たのは艦長であり、彼らは招かれざる客である。
 ルナマリアは早々に退室しようと、手早く現状説明をした。

「―――首長のお怪我には医療班が参りますので。私はこれで失礼します」

「助かった。色々と」

「いえ、仕事ですから。それでは―――」

「すまない。少し聞きたいことがあるんだ」

 にこりと微笑み、踵を返そうとしたが、ルナマリアは首長の傍らにいた青年に
 引き止められた。
 サングラスで表情はわからないが妙に焦燥感を漂わせている。

「…なんでしょう」

 微妙に警戒態勢になった少女に、青年は意を決したようにサングラスを外した。

「おい、アス…アレックス!」

 首長が慌てた声をあげるが、青年は翡翠の目をしっかりとルナマリアに向けた。
 その翡翠に、目を見張る。


『きれいな…翡翠の瞳でね…僕の一番好きな色なんだ』


 瞬間、まさかと思った。あまりにも幼子の瞳と似ていたから。
 リュイが熱心に彼を見つめていたから。
 キラの話で唯一聞けた父親の瞳の色。
 けれど目の前の彼はあまりにも有名で、キラとの接点を思い浮かべられない。
 青年が真剣な眼差しをして口を開くのを、ただ見つめていた。

「さっきの…子どもは何者なんだ?知り合いによく似ていたから気になって…」

 ルナマリアの脳裏には、哀しげに微笑むキラの姿が浮かんだ。リュイはキラと
 よく似ているから、リュイを見た人はすぐキラとの血縁がわかる。
 キラはリュイをあまり知られたくないようだった。
 ―――それは、誰に?


「あの子は議長の遠縁の方の子どもだと聞いています」

 ルナマリアは言葉を選びながら続ける。
 迂闊なことは言えない。彼女たちのことは詳細をおぼろげにしてある。
 議長がそうするようにと手配したと聞いた。
 理由は知らない。しかしキラが淋しそうに笑うところや、誰かを思い出して哀
 しげにしているのを見てきた。
 だから守ってあげようと思った。出来るだけ笑って欲しくて。

「議長が後見人になっていらっしゃいますし、彼女とリュイちゃんのことは有
 名ですから」

 美しい、まだ少女の母親と可愛らしい幼子。
 皆が二人を大切に思っているし、ルナマリア自身も二人が好きだ。

「…あの子の母親は…なんて名前なんだ?」

「…それは」

 自分の勘が当たっているとしたら、彼はきっとキラにとって隠しておきたい相
 手だ。
 彼らに告げていいものかと、ルナマリアが逡巡して目を泳がせた時だった。

『緊急連絡があります。パイロットは至急ブリッジへ!』

「っ、失礼します!」

 突如入った放送に、ルナマリアは感謝しながら部屋を飛び出した。
 これ以上はボロが出そうだった。
 自分の発言でキラたちに何かあったら嫌だ。
 あの翡翠の瞳はキラのアメジストと同じ光を宿している―――。











 息を切らして駆け込んできた少女に、ギルバートはほんの少し眉を寄せた。

「ルナマリア?」

「っあ…失礼しました」

 タリアが咎めるように名前を呼ぶと、はっとして敬礼する。しかしラベンダー
 の瞳が揺れていた。
 彼女はオーブから来た客の相手をしていたはずだ。レイやキラの話では勘も良
 さそうだという印象を受けた。
 しかし何か言われたのか、途方に暮れたような顔をしている。
 ギルバートも「彼」に会った。
 キラの中にずっと居続ける青年。リュイと同じだという翡翠は隠されていたし、
 名前も違ったが、間違いなく彼は―――。

「…オーブの客人はどうしているんだい?」

 キラがもうすぐここへ来る。
 覚悟を決めた少女に自分がしてやれることは何だってするつもりだ。
 しかし聞いた途端、ルナマリアの目が泳ぎ出した。

「…オーブ首長とボディーガードの方は部屋に案内しました。怪我をなさって
 いたので医療班の手配を。…あの」

「…なんだい?」

 ルナマリアは敬礼していた手を下ろし、きつく握り締めた。

「あのボディーガードの人は…リュイちゃんの母親を知りたがりました。放送
 が入ったので話してはいませんが、あの…」

 視線を泳がせて、リュイを見る。
 幼子と同じ色の瞳、探している人がいるという彼ら。
 彼はひょっとしたら―――。
 疑念が付きまとい、不安がたまる。
 ルナマリアの疑問に、ブリッジ内が静まり返った。誰もが視線をリュイやギル
 バートに注ぐ。
 ギルバートは口元を片手で抑え、深くため息をついた。

「…今からキラがここへ来る。その前に、2年前の大戦の話をしよう」

 黄橙の瞳が悲しげに伏せられた。










「キラ」

 乗艦した際に与えられた部屋で、一人膝を抱える少女は名を呼ばれた声にゆっ
 くりとドアを見た。
 銀の真っ直ぐな髪がさらりと揺れる。
 強い光を湛えるアイスブルーはこちらを気遣う色を浮かべていた。

「…艦長がブリッジを離れていいの?」

「ディアッカがいる。…大丈夫か?」

「…うん」

 なんとか口元に笑みを浮かべると、彼の眉間のしわが深くなった。

「無理をするな。そんな顔してリュイと話せるのか」

 つかつかと部屋に入ると、キラの傍に腰を下ろした。
 そっと頭を撫でられて、キラは俯く。

「ごめん、無理言って」

「気にするな。月軌道を回るのは俺の艦だけだった」

「…ありがとうイザーク」

 彼は優しい人だ。
 経緯を話すとすぐキラを迎えに来てくれた。言葉は少ないが、多分一番キラを
 気遣ってくれている。

「ミネルバには俺もついて行く」

「え」

 頭に乗せられた手がそのまま髪を梳いて頬に添えられた。
 キラが目を見開いてイザークを見ると、アイスブルーの瞳が細められた。

「今あいつがいるんだろう。ならディアッカより俺の方がいい。口出しする前
 に切って捨ててやる」

「でも、イザ…」

「お前はリュイのことだけでいい。今ミネルバには議長もおられる」

 キラを守るために皆が動くだろう。

「ギルはきっと今頃レイたちに話していると思う。僕の代わりに…」

 まだ決心もつかないキラの代わりに。悲しい恋の話を。
 物憂げなキラをイザークはそっと抱き寄せた。
 彼の代わりにはなれないし、なりたくもない。
 ただこれ以上傷ついて欲しくなかった。
 彼が思い出せば、すべて終わるのに。
 キラもリュイも報われるのに。

「あの腰抜けめ…」

 静かに泣くキラを撫でて宥めながら、イザークは小さく呟いた。











 その頃ミネルバでは、キラの読みどおり、話が始まっていた。
 ギルバートは話をするため、現在艦長室にルナマリア達数人を集めている。
 リュイは用意した部屋に連れて行くとすぐに眠ってしまい、ここにはいない。
 ひとつ大きな深呼吸をすると、ギルバートは静かに話し出した。

「2年前の話だ。ラクス嬢がプラントに極秘で渡ってきた。…一人の少女を連れ
 て」

 ようやく評議会の機能が再開した頃だった。
 その当時、評議会は戦後処理と新たな政治体制とに分かれて仕事を行っていた。
 戦後処理と国交の回復をカナーバが、プラントの政治をギルバートが率先して
 行った。
 ギルバートはまだ議長になりたてで、ラクスたちのことはカナーバに任せ、自
 分は手をまわせなかった。
 今でも後悔している。今まで彼女を放っておいたことを。
 もっと早く彼女を見つけていたら、と。
 そうしていれば、彼女が泣くことなどなかったかもしれない。

 だが―――どちらにしろこうなるのが彼らの運命だったのかもしれないとも
 思う。
 業を背負う少女には、それしか選べなかったのかと。

「キラは大戦中、第三勢力に属していた。けれどその前に…連合にいた」

 周囲が息を呑む音が聞こえる。
 だが止めるわけにはいかなかった。

「今から話すことはキラが一人で通ってきたことだ。彼女はすべてを背負って
 ここにいる」

 ギルバートの声はどこか悲しみを含んでいた。










 室内を落ち着かなくさせる存在に、琥珀の瞳が諌めるように細められた。

「アスラン、少し落ち着けよ」

 カガリは小さく嘆息する。
 きれいに整えられた部屋はよそよそしいが、仕方ない。
 しかし彼は自分以上に落ち着かないようだった。

「そんなにあの子供が気になるのか?」

 亜麻色の髪に翡翠の瞳。ザフト兵によく懐いている。
 怯えた顔しか見られなかったが、あの顔は。

「確かによく似ていたが…キラとは関わりがないかもしれないだろう?」

「だがあるかもしれない。ラクスとも」

 あのザフト兵の少女は彼女と言った。だから母親しかいないのだろう。父親は
 ―――自分たちが探している彼ではないだろうか。

「キラの手がかりが見つかるかもしれない」

 2年前、急にいなくなった親友。
 大切な幼なじみは、何も言わずに消えてしまった。
 探し続けたが一向に見つからず、もう逢えないのかと途方に暮れていたところ
 だった。今回のプラント行きに護衛として行けることになったのは。
 小さな希望はあった。地球は大体探した。だから残るはプラント―――入国の
 難しいここに、いるかもしれない。
 キラの能力、ラクスの名前があればきっと受け入れられる。
 そして出逢った幼い少女は親友の小さな頃にそっくりで。
 何らかの関わりがあるに違いない。
 アスランはきつく拳を握りしめ、翡翠の瞳を細めた。
 見つかる可能性があるのなら、なんにでもかけたかった。










 幼い恋をしていた。
 傍にいるだけで満足する程度の淡い恋だった。
 いつでも一緒にいた。互いのことで、知らないことはなかった。
 けれどたった一つ―――秘密を持っていた。

 激化した戦争によって別れ、再会したのは炎と爆炎の中だった。
 違う立場、価値観の違い。守りたいものの重要さ―――。
 ―――それからは敵同士になった。
 星の海を眺めながら、何度名前を呼んだだろう。
 どれだけ涙を流しただろう。

 降下した地球の無人島で、敵のまま生身の再会をした。
 互いの想いは何も変わっていない。変わったのは立場や世界。
 それでも一晩だけ、昔に戻った。
 何も知らなかった頃。無邪気に笑いあっていた日の自分たちに。
 突然の雨に、剥がされた秘密を彼は受け入れた。
 そうして伝えあった想い。それは幼い恋から形を変えた―――愛と呼ばれるも
 の。
 重なった想いは一夜の夢のよう。けれど現実、確かに触れて愛し愛された。
 次の再会を夢見て離れて、そして。

 甘い現実は打ち砕かれた。
 彼の仲間と、自分の友人が死んだ。そしてまた自分たちも―――互いを殺し
 あって。
 一人は春のような少女の看護の下で、とりとめた命で立ち上がった。終わらせ
 ようと、決めた。
 もう一人は泣き、太陽の少女の下空虚なまま立ち上がった。失った世界を取り
 戻すために。
 再び生身で再会した時、とても穏やかだった。
 けれど片方は知っていた。どこかでわかっていたのかもしれない。行き着く先
 にあるのは闇なのだと。
 まだそれに気づかず手を伸ばした。そして触れる前に霧散してしまった。


 彼はすべてを忘れ、少女はすべてを呑み込んだ。


 身体はこんなに近くにいるのに、心は遠く離れていく。
 一番近くて一番遠い人が彼の隣に立つ。
 ただ見ているしかなかった。
 途中で知った己の罪を抱いて、ひたすら走った。

 消えてしまいたかった。

 何でもよかった。彼さえ幸せになるのなら。
 誰もがが幸せな世界で生きられるように、この身はどうなったとしても。
 彼と彼女が笑っていれば、いい。

 戦争は終わった。
 完全でなくとも、自分の役目は終わったのだと言い聞かせ、すべてを知る少女
 と安寧の日々を過ごしていた頃。それは発覚した。

 青天の霹靂だった。―――まさか、たった一度の逢瀬が更なる罪を生むとは。
 少女にとっては愛しい人の血を引く存在。
 消すことなど、出来るはずがなかった。
 新しい命。
 罪にまみれた身体に宿った真っ白な存在。
 決めた自分に道を示したのはやはり彼女だった。
 ピンク色の髪を靡かせ、笑ってくれる。

 そうして、新たな土地に渡った。
 優しいそこで生まれた赤子。瞳の色は―――彼の色だった。





「その後は皆が知っているだろう。リュイの父親は、リュイの存在すら知らな
 い。それどころか、少女がキラが女性だということも。全て忘れてしまった」

 ギルバートは室内を見渡した。
 皆が眉を寄せ、心痛だという顔をしている。
 
「キラに直接聞いた話だ。だがリュイの父親のことはラクス嬢に聞いた。キラ
 は決して自分からは話してくれなかったからね」

「あの…じゃあその父親は…」

 シンの小さな声に、ギルバートは再び視線を足元に落とし、口を開いた。

「彼はとても有名だった。リュイの父親は―――先の大戦でザフトを脱走し、
 戦犯とされた元防衛長パトリック・ザラの息子」

 ルナマリアが目を見張った。レイは苦々しく眉を顰める。
 シンは映像でしか見たことがないため、ピンとこなかった。
 三者三様の反応を横目で見て、タリアは視線を落とす。
 このプラント、ザフト内で知らないものなど、いない―――その名前。

「あのヤキンの英雄の一人、アスラン・ザラだ」

 ギルバートの悲しげな声に誰もが声を発することができなかった。

「キラやラクス嬢の話では、彼は現在オーブにいるらしい。オーブ首長の傍に」

「それって…やっぱり!」

 はっと顔を上げたルナマリアに、ギルバートは頷いた。

「そう、彼だよ。カガリ・ユラ・アスハと共に今ミネルバに乗艦している」

 アレックス・ディノと名乗った青年。
 彼こそがアスラン・ザラ、キラの想い人であり、リュイの父親。
 ギルバートの話に、ルナマリアは額に手を当てて目をきつく閉じた。
 言ってしまおうとした自分の迂闊さに怒りがこみ上げる。

「逢わせるんですか」

「レイ…?」

 いつもより少し低めの声にシンがそちらを見ると、青い瞳を濃くしてレイがギ
 ルバートを見ていた。

「キラをあれだけ泣かせた相手に、逢わせるつもりですか」

 キラがミネルバに向かっている。ならば必然的に逢ってしまうのではないか。
 議長を尊敬し、彼に従順なレイがきつく拳を握り、肩を怒らせている。伏せら
 れた顔は金の髪が邪魔をして見えない。
 レイにとってキラは憎むべき相手だった。けれど彼女を知り、狂ってしまった
 彼を止められなかったことが悔やまれた。自分の代わりに彼女が傷ついたこと
 の方がつらかった。

「キラがいるから俺はここで生きられる。この出来損ないの身体が機能してい
 られるのに…!」

 研究によって造られたこの命が長らえているのはキラの身体の抗体をもらった
 からだ。
 キラは自分にとって何より守らなければならない人だ。
 なのに、彼に逢わせてしまえば、また傷つくだけだ。

「…レイ」

 ギルバートの諌めるような声に、レイはゆっくりと、伏せていた目を向けた。
 黄橙の瞳が静かな色を湛えている。

「キラが自分で決めた。…彼に逢うのはまだ怖いといっていたよ。けれど、リ
 ュイを一人にしておけないとも言った。母親だから」

 レイは知らない。母親のぬくもりなど。
 だけど知っている。キラの腕の中は誰より安心すると。
 彼女は自分を抱きしめてくれた。彼女が悪いわけではない。キラもまた人の欲
 望の上に作られた存在だった。
 それでも彼女は優しかった。

「私たちに出来ることはキラを守ってあげることだ。もうすぐヴォルテールが
 領域に入る。なるべく逢わせたくはないが、彼らをオーブに帰す前に説明をし
 なければならない。しかし時間があまりないだろうから、彼らにドッグへ来て
 もらうことになる」

 必然的に、逢う場所が用意されているのだ。
 これを運命といわず、なんと呼ぼう。
 どれほどすれ違っても、逃げても、結局は巡りあうのだ。

「ヴォルテールの艦長はイザーク・ジュール、アスラン・ザラとは同期の仲間
 だった。彼も全てを知っている一人だ。きっと彼はキラを守るために何か準
 備をしているだろう」

 ギルバートはすっと立ち上がった。
 黒髪がふわりと流れ、長い服のすそが翻る。

「君たちもキラを守るために協力してくれ。これは命令じゃない、お願いだ」

「はい!」

 紅の3人が敬礼し、タリアも頷いてみせる。
 満足そうにギルバートが目元を和らげたとき、通信機が音を立てた。

『こちらブリッジです。ヴォルテールから連絡が入りました。これよりシャト
 ルでミネルバに数名が乗艦予定、許可をお願いします』

 タリアが返事を返し、皆がドッグへ向かうために部屋を出る。
 真っ直ぐにドッグを目指す3人の後を、ギルバートが歩いていく。
 途中、レイが振り返り、ギルバートの元に駆け寄った。

「どうしたんだい?」

「…さっきはすみませんでした」

「…気にしなくていい。キラを心配して、だろう?」

 くしゃりと友人と同じ金の髪を撫でる。
 レイがどれほどキラを支えにしているかわかっていた。

「きっと大丈夫だ、レイ。キラは強い。私たちもついている」

「はい」

「さぁ、お姫様を迎えにいっておいで。母子の再会を早くさせてやらなければ」

 レイは小さく微笑むと、ドッグとは反対の方に駆け出した。
 キラとリュイが満面の笑みになるところを想像し、自分まで嬉しくなる。
 彼のことは気にかかるが、とりあえず今は早く小さなお姫様を迎えに。
 珍しく艦内を走るレイを、すれ違ったクルーたちが目を丸くしてみていた。























       永遠に完成を望めない、ループのように廻る星。この世界は偽りで固められている。
          07/08/15  「それは哀しい、恋の話。優しい夜は泡沫の恋と消えた」