それは王国の物語。

吟遊詩人が語る、白の王女と黒の騎士の恋物語―――――。








        Lily Fantasia 1










 4年前、善王と名高く民に慕われていたマナ・ウォーカーが崩御した。
 王冠を受け継いだのは、二人いた子供のうち、正妃の子―――第一王子。


 しかし彼は父王のような、善王ではなかった。


 公にされたわけではないが、前王にはもう一人、子供がいた。
 政略結婚した正妃との子ではなく、彼が愛した妾妃との間にもうけた王女。
 アレン・ウォーカーと名付けられた姫君は、妾妃に似て美しく、王国の白百合と呼ばれていた。
 王冠が移行されて約4年。国は傾きはじめ、国民たちは重税に苦しみ、嘆いていた。
 そんな中、国内では教会を中心に、反乱軍が形成されつつあった。









 華やかな王宮の南側。
 四季折々の花が彩るそこは、後宮の離れ。
 いつかの王が、一番愛おしんだ妾妃に与えた美しい花園。
 現在、その離宮には王女が一人で暮らしている。
 華美な装飾のされた、庭へと続く扉の内から、誰かを呼ぶ声がした。
 まだ少しの幼さを残したソプラノは、柔らかで可愛らしい。
 声が止んだ頃。花園に漆黒が混じった。

「…お呼びですか、姫」

 呼び声を聞いてやって来たのは、宮廷の濃紺の軍服を着た青年。
 高く結いあげた漆黒の髪に、同じ色彩の瞳をしている。
 精悍な顔の眉間に、くっきりついている皺を見て、アレンは微笑んだ。

「そんなに皺を寄せていては、そのうち形がついてしまいますよ?神田」

 アレンがおかしそうに言うと、神田は舌打ちをこぼした。

「それで、何の用だ」

 いかにも面倒だと言わんばかりの態度。
 不敬罪だと訴えられてもおかしくはない態度だが、アレンは気にもとめず。

「休憩時間です。お茶にしましょう?」

 テーブルを指しながら、柔らかく微笑んだ。
 いつの間にか日常となったこの時間は、アレンの最も好きな時間だった。
 なにしろ、神田と対等に話ができる貴重な時間だったから―――――。





 アレンの使用している部屋と、以前妾妃であった母親が使用していた部屋には、離宮の花園が
 全て見渡せるテラスがある。
 お茶をする場所は幼い頃から決まっていた。
 それは亡き母と決めたこと。
 神田は知らないだろう。このテラスには、前王以外の男性が入ったことがなかったことを。

「今日は久しぶりに晴れましたね」
「…そうだな」

 今は薔薇の時期で、テラスからは色とりどりの花が見える。
 神田は真っ白な薔薇と薄紅の薔薇が絡まって咲いている一角を見ていた。
 アレンが自らティーポットとカップを運びながら、テラスにティータイムの準備をする。
 いくら女官にさせろと言っても、アレンは聞かない。
 お茶の準備くらいは自分ですると、神田と初めて逢った時もそう言って微笑んでいた。
 神田がアレンと出会ったのは2年前、王宮に来たばかりの頃。
 広い敷地内ですっかり迷ってしまった神田が、足を踏み入れた花園がアレンの住む離宮だった。








 見渡す限りに美しく、匂いたつ花々が咲き誇っている。
 城下では珍しいものもたくさんあり、神田は迷い込んだことも忘れて見入っていた。
 ふと、人の気配がし辺りに目を凝らす。
 薄いピンクの薔薇のアーチがある花園の一角に、真っ白なものがうずくまっている。
 せっせと動く真っ白なものは、よく見れば人のようで。
 背を覆う白銀が薔薇の色と相まって、その人物をなおさら白く見せていた。
 この南側に位置する国で、白銀は珍しい。
 だからこそ、神田にはその人影が誰だかわかった。
 なにしろその色彩は、数年前に亡くなった前王の妾妃ともう一人―――――。

「どなたですか?」

 背後に立つ気配に気づいたのか、地面にしゃがみこんでいた人物が振り向いた。警戒してか、
 表情こそ硬いものだったが。
『王の白百合』―――そう噂されることに、躊躇いなく頷けるほどに。
 母親の血を濃く受け継いだ姿は、本当に百合の化身のようだった。
 左頬に目立つ裂傷があるものの、まだ幼く甘い顔を引き立てており、殆ど気にならない。

「王宮警備兵の服…。新しく入った方ですか?」

 神田の服装を見ると、少女は警戒を解いた。
 濃紺の軍服は誰しも着用できるものではないのだから、彼女が宮廷仕えの者を信頼している証
 だろう。
 不思議な銀灰の双眸。
 見とれていた神田に、まだ幼さを残した少女は微笑んだ。

「ここは離宮の端です。王宮からはだいぶ離れていますよ?迷い込まれてしまったのですね…」

 花園から離宮の扉は入り組んだところにあり、アレンは笑いながら、住んでいる自分でもたま
 に迷うのだと言った。
 とはいえ、花園には道のようなものが存在するはずなのだが。

「お茶でもして行きませんか?女官がいませんから、僕が淹れたものでもよろしければ」
「は?」

 すぐにでも辞そうとしていた神田に、アレンは近くに咲いていた純白の百合を一本摘み取り微
 笑んだ。
 その手は土で汚れていて、決してきれいではなかった。
 だが神田には汚れを知らないものに見えた。

「ここには僕以外、誰もいません。警護の人すら、お兄様が必要ないと」

 一国の王女の住まいに警護が必要ない。
 現王は妹姫を疎んじているという噂は本当だったようだ。
  
「…寂しくはないのですか」

 口から滑りでたのは王女を気にかける言葉で、神田は自分でも驚いた。
 今まで誰かを気にしたことなどなかった自分が、アレンに対しては―――――。
 問われたアレンも驚いたのか少し目を見張っている。

「たまに…こっそり女官の方や警備兵の方がいらしてくださったり、文官の方が国情を教えて
 くださいますから、寂しくはありません」

 気にしてくださってありがとうございます、と嬉しそうに微笑んだアレンから、神田は目をそ
 らすことができなかった。

「この百合は母様と育てたんです。よかったら貰ってくださいませんか?」

 先程摘んだ百合を神田に差し出し、アレンはテラスから室内へ入る。
 神田はアレンに誘われるままに室内へと足を踏み入れた。





 室内は質素で、王宮のような煌びやかな装飾もなかった。
 しかし質は一級品で、設置されている家具や布類はすべて国宝級だ。
 物珍しげに見まわしている神田にくすりと笑い、アレンは手の土を用意してあった水で洗う。

「この部屋は父様が母様のために改装したんです」

 アレンはテーブルにお茶を用意しながら話す。
 その手つきは慣れたもので、あっという間に二人分の用意が調った。

「母はこの国に訪れた旅芸人の中の一人で、踊り子だったんです。父様はお忍びで見に来て…
 恋に落ちた」

 椅子に座った神田にお茶を差し出すと、アレンも神田の前に腰をおろす。
 まだ正妃と出会う前の、善王と名高い人の恋物語。
 アレンは両親からいつも聞かされていたという。

「母様を王宮に住まわせたとき、正妃と大臣は反対したそうです。それはまぁ、仕方のないこと
 だと思いますが…。ここに押し込めて…王宮に踏み入れたら殺すと脅し、僕を身篭ったときは
 王位継承権を持たないように誓約書を書かせました」

 それほどに反対された二人。それでもここでは幸せそうに笑いあっていた。
 幸せな幼少を過ごした場所で今は一人きり。
 神田は微笑むアレンが無理をしているのではないかと気になった。

「あの、アレン王女…」

 思わず呼んだ神田に、アレンは困ったように笑った。
     
「僕は継承権を持ちませんから、王女ではありません。名前で呼んでください」
「そういう訳には…」

 継承権を持たずとも、前王の血を引く正当な姫君だ。名で呼ぶなど出来るはずがない。神田が
 眉間にしわを寄せると、アレンは真剣な表情を見せた。

「僕は両親が出会ったこの国を愛しています。だから僕にはこの国を守る役目がある。そのため
 にはこの名前があればいいんです。王女だなんて曖昧な存在より、民がわかりやすい名前が」

 現王にはない、国を、国民を第一に考える思想。語るアレンの目に偽りはない。
 神田は自分が王宮に来たわけを見透かされている気分に陥った。
 吸い込まれるように、二人は色味が正反対の眸を見つめあう。
 ―――――先に目をそらしたのは神田だった。

「…あなたが王位を継いだほうが国民のためだったろうな」

 神田が吐き捨てるように言うと、アレンは一瞬瞠目する。けれど銀灰の眸はすぐに哀しげな色
 に変わった。

「貴方の名前を、聞いてもいいですか?」

 そっと囁くように問われた言葉に、ゆっくりと頷く。
 テーブルの真ん中の花瓶にさされた一輪だけの純白の百合が、風に、ゆるりと揺れた。





「神田、どうかしましたか?」

 心配そうな声音にふと意識が引き戻された。ダージリンが涼やかに薫り、柔らかな湯気が室内
 を満たしていく。
 顔を上げると、目の前には不安げな顔をしたアレンがいた。
 冬が来ると、彼女は16歳になる。母に似て美しく成長した王女に、求婚してくる近隣国の使者
 は後を絶たないと聞いている。
 あと1年―――いや、半年もしたら彼女は王命でどこかの強国と婚姻させられるだろう。
 こうして共に過ごすことができるのも、彼女がここで花に囲まれて笑っていられるのも、あと
 少し―――――。

「神田…?」

 じっと見つめてくる漆黒の瞳に、アレンはほんのりと頬を赤く染めた。

「僕の顔になにかついてます?」
「いや、なんでもない」
「…っもう!変な神田!」

 ふい、と顔をそらして茶菓子を頬張る姿に、神田は知らず頬を緩ませた。
 どうかこの国の最後まで彼女には笑っていてほしいと、神田は信じてもいない何かに願った。

 ―――――いずれその笑みを壊すのが、自分だとしても。









 早咲きの薔薇は散り始め、アレンは花びらを掃除することが日課になっていた。
 
「今年はやけに早咲きが多かったな…」

 散った花びらを拾い上げ、アレンは一人呟いた。

「花びらどうしょう。ジャムにするか、お茶にするか…」

 ポプリにするのもいいかもしれない。食べることが好きだから食べ物が一番いいけど。
 ぶつぶつ呟きながら、手に持っている袋に花びらをしまう。

「今回の百合はまだ蕾なんだ…」

 開花の時期は過ぎたのにいつまでも開かない百合はなぜかアレンの心に引っかかった。
 百合の花はアレンを称するのによく使われる。自分では柄じゃないと思いながらも、嬉しかっ
 たし、一番好きな花でもあった。
 だからこそ、咲かないことが気にかかる。何かが起きそうな、そんな胸騒ぎがするのだ。

「気のせいだといいな…」

 もうすぐ昼だ。今日、彼は会いに来てくれるだろうか。
 漆黒の髪を持つ美しい青年は、最近忙しそうにしている。
 百合が咲いたら、一緒にお茶をしよう。彼の苦手な甘いものも、疲れをとるためだと食べさせ
 よう。
 そう決めて、一人笑った。





 数日後、アレンはようやく咲いた白百合を手に神田を待っていた。
 咲くのを待っている間に感じたことなど、思い出しもしなかった。

「神田、神田?」

 穏やかな空気。百合の甘い芳香が漂っている室内。
 昨晩、夜勤だったという神田は少し疲れていたのかもしれない。
 とても珍しい、神田がうたた寝している姿をアレンは見つめていた。
 お茶をしている最中、アレンはこっそりやって来た女官に呼ばれて席をたったのだ。
 ほんの数分だったのだが、神田は椅子に座ったまま、目を瞑っていた。
 美しい彫刻のような寝顔。アレンは相変わらず寄っている眉間の皺に溜息をついた。

「最近は反乱軍の取り締まりに王宮からも人員を割いてるんでしたね…」

 きっと神田も見回りをしているのだろう。
 お茶に呼ぶより、部屋で休むよう言えばよかった。アレンがじっと見つめていても、気配に敏
 感な神田が身動きしないのだ。相当疲れていることはうっすらと目下にできた隈でわかる。
 開け放ったテラスから、少し湿気を含んだ風が入ってきた。
 風が神田の長い漆黒の髪を揺らし、広く開けていた軍服の襟元をめくる。

「あ…」

 神田が起きてしまう。目の前で彼がむずがるように眉間のしわを深めた。
 アレンは急いで、けれど物音をたてないよう気をつけて、テラスのドアを閉めに行く。

「雨が降るのかな…」

 ふと、空を見上げる。まだ遠くだが灰色の分厚い雲が見える。風向きからいっても、あの雲は
 国の空を覆ってしまうだろう。降り出す前に、神田を王宮へ見送らなければ。
 アレンは空を見上げていた目を眠る神田へ向けた。
  
「起きてください。神…」

 かけようとした声は、目にしたものを前に途切れてしまった。
 神田の開いた軍服のあわせから銀の細い鎖がかけられているのが見えた。
 アレンの瞳に映ったものは、その先にある白銀の十字架。
 銀灰色の眸が驚きに見開かれる。
 先程、訪ねてきてくれた女官に聞いた話が脳内に蘇った。

“ローズクロス”と呼ばれているそれは、現在国中では話題のもので。

「嘘だ…神田が……?」

 ローズクロスは、王の排斥を求めて集った同志の証。
 ―――――反乱軍に身を投じている者の証。
 反乱軍が共通して身に付けている十字架を彼が持っているということは。

『王宮にも、もしかしたら侵入しているかもしれません。姫様、どうかお気をつけくださいま
 し』

 不安そうに、そう言って忠告してくれた彼女の情報が間違いではないのなら。

「そんな…いつから…?」

 神田は自分を欺いていたのだろうか。
 よろよろとアレンは神田から離れる。足に力が入らず、ぺたりと絨毯に座り込んだ。
 今まで様々なことを彼と話した。―――信頼していたから。

「あ…僕、は…」

 王宮のことも、父のこともこの人は憎んでいる?
 未だ眠る神田から目を離したアレンは、雲の迫ってくる空を見上げて自嘲するかのように笑っ
 た。








「は?解雇…ってことか?」
「違いますよ。人事異動です」

 離宮でうたた寝してしまった日から一月が過ぎた頃、神田は久しぶりにアレンに呼ばれていた。
 嵐のような豪雨になったあの日。本降りになる前に神田は自然と覚醒し、王宮へ戻った。
 自分が人前で眠ってしまうなど、以前ではありえなかったことだ。アレンの前で眠ってしまっ
 た自分が不思議でたまらなかった。
 神田が目覚めたとき、アレンの様子はいつもと変わらなかった。珍しいものが見れたと笑い、
 神田を憮然とさせたくらいには。
 豪雨で花園が痛手を受けたからと、しばらくは花園の整備にアレンは忙しみ、神田は神田で王
 宮での警備などでアレンの元へ呼ばれることもなく過ごした。
 久しぶりにアレンから呼ばれ、神田はいつものように離宮を訪れた。疲れていたからか、可愛
 らしい王女が花に囲まれて微笑む姿を見たいと思った。
 だが訪れた離宮で、神田は予想外の出来事に出くわしたのだ。

「いきなり、どういうことだ」
「どうって…そのままです。これは王命ですから」

 いつもと変わらない笑みで、アレンは神田に一枚の羊皮紙をかざし、命じた。
 その命令の内容に、眉をひそめる。

『王宮警備兵、神田ユウを国王の護衛に加える』

 今までに幾度となく国王の護衛に志願したが、聞き入れられることはなかった。
 なのになぜ今頃―――。

「それじゃぁ、お前の護衛はどうなる」

 神田が羊皮紙から目を離し、アレンを睨みつけた。
 歩み寄って来たアレンは笑みを崩さぬまま言った。

「僕には元々警護はいませんでしたから。あなたの剣の腕は僕の護衛などには向いていません。
 お兄様を…国王陛下を近くで守って下さい」

 アレンが神田の手をとり、きゅっと包み込んだ。そうしてその手を頬に当て、祈るかのように
 目を閉じる。
 何を想っているのかは、閉ざされた瞳の奥に隠されてしまい、わからない。
 しばらくして離れていく細い指。神田はその手を無意識に追った。
 ―――――離れた手を掴むことは出来なかった。








 あれから3ヵ月が経つ。その間、神田はアレンに会っていない。
 王宮警護―――国王の護衛の一人になったおかげで王宮の中はどこでも自由に出入りできるよ
 うになり、神田は王に顔を覚えられた。
 王宮内には同期や仲間がそれなりにいる。
 正直アレンのところに詰めていた頃より仕事のやりがいも、情報の集まりも何倍もいい。
 自分たちの目的のためには―――――。
 そう頭では思っているのに、何故かアレンの顔が、あの離宮がちらついて苛々する。
 舌打ちをした時、背後から声をかけられた。

「あれ?ユウじゃん」

 振り返ると謁見の間の無駄に豪華な扉の前で、片目を眼帯で覆った文官が手を振っていた。
 思わず眉間に深いしわを刻むと、苦笑される。

「よぅ、護衛官」
「…うるせぇ」

 歩み寄ってきた濃橙の髪に、神田は盛大に舌打ちをし、そっぽを向いた。
 気にせず笑う男――ラビ――は仲間の一人で、神田と違い濃灰の文官服を纏っている。
 頭と要領のいい男で、王宮に来て早々国王に紹介され、顔を覚えられている。アレンとも神田
 を通して知り合い、数度お茶に呼ばれていた。

「何イラついてるんさ。すげー怖い顔になってるぜ」

 わざわざ目を合わせて、面白そうに言うラビは脇に大量の本を抱えていた。
 神田が無言で本に視線をやると、ラビはにっと笑った。
 彼がこういった笑いをするときは何か情報をつかんだ証拠だ。

「今夜部屋に来るさ。面白いもんみつけた」
「……わかった」

 じゃあな、と手を振るラビに、神田は踵を返した。





 深夜。
 静まり返った王宮の東塔。城に使える全ての官職を持ったものがこの塔に部屋を持っている。
 神田やラビも例外ではない。

「…この部屋、そのうち沈むんじゃねぇか」
「まだ大丈夫さ」

 昼間のやり取りの通り、神田はラビの部屋を訪れていた。
 ラビの部屋は2年で溜めた本で散乱しており、人が住めるようなところではないと神田は思っ
 ている。
 小さな書庫のようなこの部屋に何とか座れそうな一角を見つけ、腰をおろした。

「それで?面白いもんとは?」

 早速話を切り出した神田に、ラビは一冊の本を提示する	。

「これは…王宮の見取り図か?」
「よく見るさ。こことか、こっちも」

 一見ただの王宮の見取り図。しかしラビが指したところには―――――。

「―――隠し通路?」
「多分、そうだと思う。実際行ってみたら一人ずつなら十分通れたさ」

 すでに調べた後らしい。神田は見取り図をじっと見つめながら話を聞いていた。
 閲覧の間、国王の私室、廊下の通路、そして―――離宮への近道。そこそこに隠されている入
 り口を調べさえすれば、侵入も逃走も簡単になる。

「そういえば離宮への近道は案外きれいだったさ。…もしかして、アレン姫使ってるかも」

 つい、とラビが指したところは南側の離宮が建っている場所。
 アレンはあそこで育ったのだ。知っていてもおかしくはないだろう。しょっちゅう迷子になっ
 てはいるが。
 それにしても―――――。

「よくこんなもの見つけたな」
「まぁな。入るのに苦労したさ」

 肩をすくめたラビが少しだけ苦笑したのを神田は見逃さなかった。

「こんなもの、門外不出だろう。それに相当古いな…」

 日に焼けた紙は少し黄ばみ、所々破けている。丁重に扱わなければすぐに読めなくなりそうだ。
 しかし年季の入った本は補修してあり、長く使われてきたようで。

「どこで見つけたんだ?いくらお前でも鍵のかかった書庫には入れないだろう」

 王宮にはマスターキーが存在する。その鍵でしか開けない場所があることも、勤めてきた2年間
 で知ったのだ。
 神田の問いに困ったような、どこか複雑そうな顔をしたラビを漆黒が訝しげに見つめた。





 ラビと話をして数日。神田は開いていたという書庫の扉の前にいた。

「閉まってんじゃねぇか…」

 金色に飾られたドアノブを押しても引いてもびくともしない。完璧に鍵のかかった状態だ。
 特別な部屋の鍵を持っている人物は限られている。
 しかし古い書庫に用がある人物はそうおらず、鍵を持っているのは文官長か管理している大臣
 くらいではないだろうか。
 そのとき、かの少女が首に掛けていた百合をかたどったくすんだ金のネックレスが神田の脳裏
 に浮かんだ。

『父様の形見なんです。母様にあげるつもりだったそうですけど…』

 そう言いながら見せてくれたネックレスは、確かに鍵だった。

「まさかな…」

 そんなはずはないと否定しながらも、頭の中で膨らんだ疑惑は拭いきれなかった。




















       要望が多かったので、再UPしてみました。D.Gray-man神アレ♀王国パラレルです。
       加筆修正をちょっとしました。あとは文を詰めてみたりとか。
       一番最初に書き上げた物語なので、思い入れはあります。よかったら読んでみてください。

             2010.10.31加筆修正  2006年初掲載