静かに少女は立ち上がった。

「来年はもう、このユリを眺めることはできませんね…」

 純白の百合の大輪を撫でながら、アレンは呟いた。

「アレン姫…?」

 儚く微笑んだ少女にラビは不安を感じた。









        Lily Fantasia 2










「ラビ、いるか」

 濃紺の軍服の見慣れた姿が目に入り、ラビは読んでいた本から顔をあげた。

「どうかしたさ?」

 いつもの無表情のではなく、混じった焦燥と疑惑の混じった漆黒の目にラビは気を引き締める。

「例の資料、書庫のどこにあった?」
「どこって…確か一番奥の本棚の近くの机さ」

 ラビが答えた途端、神田は盛大に舌打ちをした。―――そして確信する。

「資料に何かあったさ?」
「鍵が開いていて、資料がご丁寧に机の上か」
「は?」

 神田の焦燥を更に濃くした様子に、さすがにラビも訝しげに問う。
 ガシガシと掻いて艶やかな髪を乱し、神田は眉間の皺を増やした。吐き捨てるように呟いたのは苛
 立ちからだけではない。

「あれだけ近くにいたんだ。ばれて当然だったのかもな…」
「何言って、」
「書庫の鍵を開けておいたのは―――」

 神田が告げた名前にラビは目を見開いた。








 穏やかな昼下がり、アレンはいつものテラスにいた。
 神田を呼ばなくなってからも、アレンはお茶を余分に用意してしまう癖が中々抜けない。
 ため息をつきながらティーポットを置く。カップはひとつしか用意していないのに、お茶だけは余
 分にある。
 もったいないし、飲むしかないかと肩を落とした時だった。

「コンニチハ、アレン姫」
「ラビ?久しぶりですね」

 花園の小道からではなく、きちんとドアから入ってきたラビにアレンは驚く。彼はいつも考えもし
 ないところから顔を出すのに。
 たまにひょっこりと顔を出すラビは当初神田が連れて来たのだ。神田に言わせると、「連れて来た」
 ではなく「ついて来た」らしいが。

「どうしたんですか?あなたが神出鬼没なのはいつものことですけど」

 くすり、と笑うアレンにラビも笑い返す。

「アレン姫に逢いに来たんさ。最近、ユウも忙しそうだからアレン姫寂しがってんじゃないかと思
 って」
「ありがとうございます。丁度お茶の準備をしているところだったんですよ」

 どうぞ、と椅子を進めて、アレンはティーカップを取りにラビに背を向ける。
 ラビの表情が笑みから悲しげな顔に変わったことに気づかなかった。





「ラビ、本当は僕に用があるんじゃないですか」

 お茶をどうぞ、とアレンが3度目になるおかわりをラビのカップに注ぎながら唐突に言った。
 ティーカップを受け取ったラビはそのままアレンの手を掴む。

「アレン姫は鋭いさ」
「貴方がいつもと違うようでしたから…。貴方も神田も、隠し事は上手いと思っていたのに」

 きれいな微笑みはアレンの心情を覆い隠していた。しかし、掴んだままの手から小さな震えが伝わ
 る。
 彼女の笑みは曲者だと、神田が話していたことを思い出す。他人のことを話す彼を初めて見た。出
 会ったという王女の話をせがんだとき、神田は自分から口を開いたのだ。


 ―――――あいつの笑った顔は気持ち悪い。どうして誰も気付かないんだろうな。


 ラビはその時、神田がアレンを気にしていることに驚き、そして不安になった。
 彼女は自分たちの敵に当たる、王家だ。どんなに言葉を交わしても、いずれは裏切らなければなら
 ない相手。
 不安は―――確信に変わった。二人が話している姿を見て。彼が意識せずに柔らかく纏う空気を感
 じて。

「俺はユウの味方だからさ…あいつのフォローしてやらないといけないさ」
「そうでしょうね。―――それなら、知っている僕をどうしますか」

 微笑をはずし損ねたのか、アレンの表情は変わらない。

「姫の真意を知りたいだけさ。どうして…書庫を開けておいたか、とか」

 ラビの目が光を受けて、煌く。アレンは小さく溜息をついた。

「……僕が開けたのだと気付いたんですね」

「気付いたのはユウさ。アレン姫に問いただしたいみたいだったけど」

「あの人は、そういうところに鋭いですよね。…神田が来てくれたら…僕は話しても良かったんで
 すけれど」
「アレン姫…?」
「もう少し、僕の話に付き合っていただけますか」

 アレンはラビに笑いかけると、持ったままのティーカップを置き、自分のティーカップにお茶を注
 いだ。








 ―――16の誕生日には、僕はこの国にいないでしょう。

 アレンの言葉がラビの頭から消えなかった。皇太后が動き出したのだと、アレンは笑っていた。
 神田はまだ、何も知らないのだろう。
 共に笑いあうことも、花を眺めることも。もう出来なくなる。
 本来なら、出逢うべきじゃなかった。出逢ったとしても、親しくならなければ良かった。
 ラビも神田も正確にはこの国の人間ではない。流れてきた移民だ。マナ王の治世の頃にこの国へ流
 れてきた移民を、マナ王は温かく迎えてくれた。「この国に来たのならば、この国の国民だ」と。
 神田はそうしてこの国で生まれた。祖国を亡くした神田の両親はマナ王に忠誠を誓った。
 息子である神田も当然そうするつもりだった。
 しかし、現王に変わった途端、移民への残酷な仕打ちが始まった。移民たちは住処を追われ、神田
 の両親は王の私兵に意見し、見せしめに殺害された。
 現王への怒りが募った国民はいつかの機会を狙い、反乱軍を結成した。残された神田は戦力を手に
 するために反乱軍に加わった。
 その経緯を、神田の恨みをラビは知っている。
 だから危惧していた。アレンに仕えることになった神田に。

「このままじゃ二人とも報われないさ…」

 神田が変わったことが、嬉しかった。だからつらくなるとわかっていても止めなかった。
 ラビが呟いた声は、切なく風に流された。









 季節はもう晩秋を迎えていた。
 離宮は冬が近づいてきたせいか、咲き乱れていた花は殆ど散ってしまった。
 アレンは散った花を一人見つめる。

 ―――アレン姫。喜びなさい。

 本当に珍しく皇太后に呼ばれ、王宮へ行くとそう言われた。
 何の話かすぐに分かった。扇で口元を隠していたが、きっと笑みを浮かべていただろう。皇太后は
 アレンを冷ややかな――しかしどこか愉快そうに目を細めていた。

「結婚…か」

 相手はこの大陸では強国で、資源の豊かな国の国王の側室―――。20近く歳が離れているという。
 見せられた国王の絵。国王は黒髪だった。
 黒は彼を思い出す。目を閉じれば、いつでも瞼に浮かぶのに。

「さよならだけでも、言えるといいな」

 小さく呟いた声は、冷たい風にさらわれた。








 ラビは王宮の廊下を走っていた。
 途中、誰かに注意を受けた気がするが、そんなことをいちいち止まって聞いてはいられなかった。
 女官たちの噂は侮れない。
 王宮勤めの女官たちは王宮事情に詳しく、そしてよくこっそり噂をしている。それは小さなことで
 も何かしら役に立つのだ。
 今日もいつものように女官たちの話を聞いていたのだが―――。

『そういえば、皇太后様がお決めになったそうよ』
『ああ…知ってるわ』
『アレン様お可哀想よね』
『20歳も年上の方ですって。色好みで有名だそうよ』
『皇太后様も何をお考えなのかしら。今あの国と手を結ぶなんて、反乱軍が何するか…』

 何の話か分かった途端、走り出していた。
 アレンも覚悟をしていたはずだ。この間話したときにもう花を見れなくなると言っていた。
 女官の話を聞く限り、アレンが幸せになれるとは思えない。

「ラビ?」

 通り過ぎようとしていた扉から出てきたのは、よく知る同志。
 そういえば今日は休みだと言っていた―――。

「…ユウ」

 思わず呼んでしまったが、後に続く言葉が出てこない。
 神田は怪訝そうにラビを見ている。

「アレン姫が…」

 ほんの少しだが、神田の身体が強張った。
 護衛をはずされてから、神田はアレンと会っていない。アレンの名を聞くたび、反応する神田をた
 まにからかったりしていた。彼がアレンを気にかけていることを知っていたから。

「……あいつに、何かあったのか」

 神田に告げたところで、どうにかなることではない。
 王族の婚姻は殆どが政略を含んでいるのだ。すなわち個人ではどうにもならない。だからアレンは
 ただ笑っていたのだと、今更のように気づいた。
 ―――どうにも出来ないとわかっていても、何かせずにはいられなかった。

「ユウ、アレン姫が…」

 ラビの話を聞き、漆黒の目が一瞬揺れて。そうして神田は踵を返した。








 揺ら揺らと風に舞う葉を見ていたアレンは、以前は聞きなれていた―――もう聞くことのないはず
 の足音を聞いて振り返った。
 あの日から、とうに半年が過ぎている。
 変わらない漆黒の髪と、同色の瞳。いつでも思い出せるほど見つめた人が、焦がれた人がそこにい
 た。

「…お久しぶりですね。神田」

 どこから走ってきたのか、少し息が乱れている。神田は忌々しそうに舌打ちをし、意を決したよう
 にまっすぐアレンを見る。
 なぜか、初めて逢った日を思い出した。

「…結婚が、決まったと聞いた」

 神田の口から出た言葉が以外だったのか、アレンは目を瞠る。

「早いですね…。誰に聞いたんですか?」

 伏せた銀灰色の瞳が震えたのを、神田は見逃さない。

「王宮ではもう噂になっている。お前が嫁ぐことも、相手のことも」
「…そうですか」

 困ったように微笑むアレンに神田は苛立ちを募らせた。

「皇太后の言うことなど、聞く必要はないだろう!お前は―――」
「貴方に何がわかるんですか」

 神田の言葉はぴしゃりと遮られる。
 いつもは柔らかな声が、硬い。アレンは今まで見たこともないような冷たい目をしていた。
 色素の薄い銀灰色の目は寒さを感じさせるほどで。

「僕が嫁ぐ方は、僕の王宮での立場も理解してくださっています。この顔の傷さえ、気にしないと
 言って下さいました。だから」
「だから言いなりになって嫁ぐのか!?」
「僕は王族です。政略の道具として嫁ぐことはもとより覚悟をしていました。この国のために僕は
 嫁ぐんです」
「姫!!」

 神田が強く呼ぶ。
 びくりとしたアレンは神田から離れようとするが、神田は細い腕をしっかり掴んでいた。
 強い漆黒の眼光がアレンを射る。だがアレンは神田の顔を見ることは出来なかった。

「無礼ですよ。…放してください、神田」
「嫌だ。本当にそれで国のためになると思うのか」
「ここでこうしていても何も変わりません。貴方には何も出来ない」
「…だが」
「これは国の問題です。一介の兵士である貴方にはどうすることも出来ません」

 アレンは俯いていた顔を上げると、神田と視線を合わせた。
 そっと掴まれている手に自分の手を重ねて、放すよう促す。

「神田、貴方に逢えて本当に嬉しかった。もう逢うこともないでしょうが、どうかお元気で」

 きれいに感情を蔽ったいつもの微笑を浮かべて、アレンは言う。
 こういう時の彼女は何を言っても動かない。
 溜息をひとつ落として、神田は臣下の礼をとった。

「お前がそういうのなら…もういい。どうか嫁いだ先で幸せに。―――さよならだ」

 跪いてアレンの右手の甲に口付ける。
 そのままを顔を見ることもなく、神田は部屋から出て行った。





「―――――さよなら、神田」

 嫁ぎ先の新たな鳥篭に入れば、今までのような自由は本当になくなる。
 この土地を二度と踏むことも出来ない。―――あの人を見ることも出来ない。
 アレンは崩れるように床に座り込んだ。
 目が熱い。突き放したのはこちらなのに、何故こんなに想いが溢れてくるのだろう。
 悲しんではいけないのに。決められたこととはいえ、自分で決めたはずなのに。

「…さよなら…」

 その日、アレンは数年ぶりに涙を流した。両親が亡くなって以来、初めて泣いた日だった。
 数年分が溜まっていたとでもいうように、頬を伝い、零れ落ちていく雫は止まることを知らない。
 嗚咽を堪えることなくアレンは泣いた。








 カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。
 それすら煩わしく感じて、神田はグラスをカウンターへ乱暴に置いた。

「ユウ…もうやめたほうがいいさ」
「うるせぇ」

 アレンと話した後、神田はすぐに城を出た。
 ラビが急いで着いてきたが、神田は何も言わずに強い酒をあおる。
 見かねたラビがグラスを遠ざけた。

「そんなに好きなら、攫えばよかっただろ」

 ポツリと呟いた言葉が聞こえたのか、神田がラビを睨みつけた。

「言えるかよ!あいつは国に囚われている!」
「でもアレン姫が国から出たら、もう二度と会えなくなるさ」
「…あいつは王女だ。仕方ない」
「―――諦めるのか」

 眼帯で隠していないほうの目が神田を見る。
 いつものようなどこか遊びの混じった目ではなく、真剣な目。
 今の神田にはラビの真剣な目が痛かった。

「何のために俺らは反乱を起こす?」
「ラビ…」
「この国壊すことでアレン姫の鳥篭も壊せる」

 ラビの目がいつもの掴めないものに変わる。
 神田は目を伏せると、腰に下げた剣を床に立てた。

「現王と皇太后だけは許さない」

 漆黒の、闇より深い目に迷いはない。

「あいつの嫁ぎ先の国と手を結ばせるわけにはいかない。動くなら今だ」
「情報収集は任せるさ。ユウは兵士の掌握だな」
「境界に連絡をとる。…忙しくなるな」

 挑発するような笑い方は、いつもの神田だった。
 アレン姫の婚姻の日取りが決まった日、反乱軍は動き出した。
 決行はアレン王女が16歳になる3日前。


 ―――――真夜中、闇に紛れた反乱軍は城に攻め込んだ。








「姫様…アレン様!!」
「起きています。何事ですか」

 騒がしい王宮内の様子は離れた離宮のアレンのところまで聞こえていた。
 普段は静かな時間の騒ぎに気配に敏感なアレンが気づかない訳がなかった。

「反乱軍が城門から攻め込んで来ました!王宮はすでに侵入されています!」

 アレンを気にかけてくれる王宮勤めの女官が慌てた様子で知らせてくる。

「そうですか…では離宮も危険ですね。他の女官達をせかして、あなたも早く逃げてください」
「姫様!?」

 落ち着きはらったアレンが淡く微笑んだ。女官はそんなアレンを見て、訝しむ。

「いつ反乱軍が攻めて来てもおかしくはなかったはずです。僕は王族として、この離宮の主として
 ここに残らなければなりません。あなた達を守ることも僕の役割です。花園の抜け道を通れば木々
 が隠してくれます。さぁ、早く逃げて!」

 アレンは花園へ繋がるテラスを開け、女官を細い道へ押しやった。

「アレン様…どうかご無事で!」

 泣きそうな顔をしながら何度も振り向く女官にアレンは微笑みながら大きく頷いた。
 走り去っていく女官を見送ると、アレンは笑みを消してため息をつく。

 ―――――あの人が来る。この鳥かごを壊して、全ての思い出を消しに。

 きっと自分ではあの人からこの国を守れない。

「ごめんなさい…父様、母様」

 闇が広がる花園を、アレンはテラスの扉に寄りかかりながら見つめた。
 何かが燃える、煙の匂いがしていたことには気がつかなかった。








 王宮は攻め入られてすぐ反乱軍に占領されていた。
 国王の自室に隠れていた王は引きずり出され、兵士たちに捕らわれている。皇太后はすでに自害し
 ており、寝室の床は血を吸っていた。
 軍の一部を率いていたのは漆黒の長い髪の青年。つい昨日まで国王の警備をしていた―――神田だ
 った。



「城に残っていたのはこれで全部か?」
「はい。城内くまなく捜索しました。この部屋に集めている者で全員です」

 神田は捕らえられた者達を見やる。
 捕らえられたのは国王を筆頭に、この4年で国の重臣となった者達ばかりだ。

「皇太后は自害した…。後は…」

 残るは―――現王だけ。

「……アレン姫はどうしている」
「離宮はすでに取り囲んであります。抜け道も閉鎖を」
「そうか…」

 聡明な王女はすでに悟っているだろう。
 彼女がこの国を見捨てない限り、まだ離宮に残っているはずだ。抵抗はするだろうが、なんとかな
 る。彼女にとってこの国を捨てるのは、至難なのだ―――。


「貴様ら反乱軍が!よくも我が城に…!」
「黙っていたほうが身のためだぞ、国王。なぜ反乱が起きたか、あんたはわかっていないのか?」

 ぎりぎりと歯軋りをしながらこちらを睨みつける国王を神田は一瞥した。
 床に座らされている国王に嘲りを含んで吐き捨てる。国王が歯軋りを更に強くするのが煩わしかっ
 た。

「ここは私の国だ!私の好きに動かして何が悪い!?」

 国王がそう叫んだ途端、室内にいた兵士たちがざわめき、殺気立つ。しかし国王がそれに気づいた
 様子はない。
 神田は呆れたようにため息を吐き、国王に向き直った。

「あんたのやってきたことは国民のための政治じゃない。自分たちがいかに裕福で楽に暮らせるか
 しか考えてなかった。そんな王に国民は従うものか」

 国をつくるのは王だけではない。国民が働き、国を成り立たせ、国は発展していく。王は国民を守
 り、国民の為に政治や外交を行うのだ。
 それをこの王は怠惰した。


 ―――僕にはこの国を守る役目がある。


 そう言い切った少女を知っている。
 あの日、初めてこの国を崩す気持ちが揺らいだ。ただ憎しみと悔しさだけを抱えて敵の本陣に来た
 というのに。

「あいつの方がよっぽど王に相応しいかった」

 マナ王のただ一つの過ちは後継者の選択―――――。

「あいつ―――アレンのことか」

 憎々しげに神田を睨んでいた王の目に、神田に向けるものとは別の憎しみと蔑みの色が宿る。

「あんな売女から生まれた女が私より王に相応しいだと?」
「少なくとも、アレン姫は国民のことを考えていた。あんた達が離宮に閉じ込めてもあいつは王女
 としての自覚があった。マナ王の意志を受け継いでいた。…あんたより良い王になっていただろう」

 才覚は十分なのだ。妾妃の子だとしても国民はきっと彼女を認めた。
 ぎらついた目が神田を射すが、神田はものともしない。

「貴様のような輩に何がわかる」

 今までとは違う国王の低い声に神田はやっと国王を見た。
 憎しみに染まった国王の目は心底腹違いとはいえ、妹であるはずのアレンを疎んでいた。

「父も同じことを…私よりあの妾妃の子を継承者にすると言った。そんなこと、許さない…!」
「…何?」

 どこか壊れたように呟く王。神田は聞き返そうとして、続いた言葉に固まった。

「楽に死ねるように殺すのではなかったな…」

 その台詞が意味することは。
 神田は床に座らされていた国王の胸ぐらを掴んで引きずり立たせると、王は壊れたように笑いだし
 た。
 彼は殺したのだ。前王を、父親を。
 周囲の兵士たちも瞠目する中、王と同じく捕らえられた側近達は視線をそらした。
 知っていたのだろう。ひょっとしたら、彼らが進めたのかもしれない。もしくは皇太后が―――。

「てめぇが王座に着いたのは始めから間違いだったんだな」

 掴んでいた襟を離し、神田は部屋を出た。もう一時も彼らを目に入れたくなかった。



 神田が部屋を出てすぐ、一人の兵士が駆け寄って来る。

「どうした」

 心なしか青ざめた顔の兵士はラビの使いだと前置きした。
 きな臭い匂いが周囲を満たし始めていた。





 離宮は紅い炎に包まれていた。
 神田が南側へ着いた頃、すでに花園にまで火の手が回っていた。

「何をしている!早く消火しろ!」

 ラビの知らせは一部の兵士たちの暴動だった。
 巻き上がる炎は二人で過ごした場所を消していく。
 アレンはいまだ離宮の中から出ていない。それにも関わらず、火を放ったのだ。

「ダメです!風が出てきたせいか、消火出来ません!」

 引き連れてきた兵士たちが消火に当たるが、強い風が吹き、炎は煽られ弱まらない。
 このままでは離宮だけではなく、王宮にも被害が及ぶ。

「姫は!?まだ誰も見ていないのか!」

 内部にも炎が届いているはずだ。しかしアレンが避難する様子はなく、神田の焦燥は高まるばかり
 だった。

「ひょっとして…アレン姫動けないとか」
「このままじゃ…お亡くなりに…?」

 兵士たちが囁きあい、アレンの安否を気にする。必死の消火活動も、効をなさない。
 そんな中、バシャっという音がした。

「ユウ!?」

 今離宮へ着いたラビの声で、音源が神田だとわかり、皆が彼らを見る。
 炎を映して赤みを帯びた黒が濡れて色を増している。そのまま神田は肩に掛けていたマントを頭に
 被り、燃え盛る離宮へ進んで行く。

「ユウ!やめるさ!」

 ラビが慌てて神田の肩を掴むが、神田は止まらない。

「ユウ、何考えてるんさ!死ぬ気か?!」

 ラビが神田の前に回り込み、立ちふさがる。足を止めた神田に安堵して肩を掴んでいた手をおろし
 た。

「ラビ、どけ」
「嫌さ。いくらユウでも、この中に飛び込むのは無理さ」
「それでもあいつが中にいるなら、俺は行く」

 神田の漆黒の目に決意の色が見える。経験から知っている。彼がこんな目をしている時はこちらが
 何を言っても無駄だと。

「…アレン姫、もう逃げたかもしれないだろ」
「それはない」

 神田は歩き出しながら、ラビを見て不敵に笑った。

「あいつのことは、俺が知ってる」

 消火活動を続けくれ、と言いおいて、神田は離宮に入って行った。

「…ユウ」

 ラビは苦笑して、親友の名前を呟いた。そして彼がアレンを連れて無事戻ってくることをいるのか
 わからない神に祈った。


















 
         文章が中途半端なのは改稿した名残りです…。読みにくいという点につきましては
         目を瞑って頂けると助かります。すみません…。
         改めて読み直すのは正直つらい作業でした(苦笑)みんな別人。

             2010.11.01 加筆修正  初出2006年