「刹那ー、入るぞー」
 
 勝手知ったる、という場所だ。
 ロックをかけられていたとしても、自分には関係ない。
 
「あれ…」
 
 開いたドアの向こうはしんとしている。部屋の主は不在だった。
 どこに行ったのやら、と思っていると、かすかに聞こえる水の音。
 
「あー、シャワー中か」
 
 タイミングが悪かったな、と思う。
 しかし特に急ぐわけでもない。
 このまま待たせてもらおうと、ロックオンは近くにあるソファーへ腰を下ろした。
 相変わらず、何もない部屋だ。
 ぐるりと室内を見渡して苦笑する。
 生活していると、どうしても物が増えるし、住んでいる人物独特のものが出るはずだ。
 だがこの部屋は、何もない。
 あるとすれば、ほんの少しの私物だけ。
 ロックオンの部屋には今時珍しい紙の本や、持ち込んだ雑誌など、様々なものがある。
 嗜好品だって娯楽だって何かないと手持無沙汰だというのに、この部屋の主はそういうと
 ころに疎い。というか無頓着だ。
 今度何か持ち込んでやろう、と一人考えていたところ。
 
「…なにしてる」
「お、わりぃ。邪魔してるぜ」
 
 いつの間に水の音が止まったのか―――。
 訝しげに眉をひそめた子供が立っていた。
 
「何か用か」
「ああ、ちょっとな」
 
 持ってきた書類をひらひらと振ると、刹那は頷いた。
 どうやら自分がここを訪ねてきたことに心当たりがあるらしい。
 少し待ってくれ、と言うと着替えを取り出す。
 ちなみに今の刹那の恰好は、タンクトップに下着をつけただけだ。
 ―――恋人という関係だからまぁいい。全裸で出てこなかったのだから、いいのだけど。
 
「もう少し…恥じらいを持てよ…」
 
 思わず呟くと、聞こえたのか不機嫌そうに唇を尖らせる。
 
「不法侵入した奴が何を言う…。もし俺が何も身につけてなかったらどうするんだ」
 
 確かにいくらそういう仲とは言え、勝手に入るのはいかがなものかと思う。
 だが刹那が文句を言わないことも分かっていた。
 むっとして細い腕を引くと、簡単に倒れこんでくる身体。
 
「何もつけてなかったら…そうだな?据え膳食わねば…ってとこか」
「…へんたい」
「なんでだよ。ふつーの反応だろ」
 
 まだ服を身につけていない身体から、淡くボディーソープが香る。
 体臭のあまりしない刹那から香るそれに、眩暈を感じた。
 甘い、花の香り。フェルトにもらったのだと言っていたソープは、案外気に入っているよ
 うだ。
 殊更強く匂うのは、首――項の部分。美しいラインの首筋にそっと唇を落とす。
 
「っ…ロックオン!」
 
 慌てたような制止の声に苦笑して、その身体を離した。
 猫のように飛び退く子供に何もしない、と手を上げて。
 
「刹那」
「…なんだ」
「髪、ちゃんと拭けよ。まだ濡れたままじゃねーか」
 
 濡れて一層色を濃くした黒い髪から、ぽたぽたと雫がこぼれている。
 ロックオンはシャワールームからタオルを取ってくると、刹那の頭にかぶせた。
 ふわりと舞ったタオルが軽い音を立てる。
 
「風邪ひくぞ」
 
 笑ってそういう彼に、刹那は渋々かけられたタオルで髪を拭き始めた。
 この男は案外過保護だ。
 横目でベッドに座った男を見やる。整った顔は今、手元の書類に向けられている。
 ため息をひとつ落として、水気がなくなるように強く拭いていると。
 苦笑とともに、革手袋を着用したままの手が刹那からタオルを奪った。
 
「んな拭き方するな。髪が絡まるし、痛むぞ」
「別に…」
「よくないからな?」
 
 ひょい、と抱きあげられたかと思うと、刹那はロックオンの膝に乗せられていた。
 
「な…!」
「こら、暴れんな」
 
 大きな手が、刹那の髪を優しく包むように拭いていく。
 顔を上げられないため、ロックオンの表情は見えない。
 身じろぎを繰り返しながらも、暴れはしない。不安定な膝の上なのだ。さすがに落ち着か
 ない。
 大人しくしていると、彼が「借りてきた猫みたいだ」と笑った。
 
「そろそろいいかな」
 
 水気をたっぷりと吸い取ったタオルが視界から離れる。
 手ぐしで髪を整えられ、仕上げとばかりにそっと頬を撫でていった。
 
「よし」
「…さらさら」
「お前の髪、相変わらず柔らかいな。…髪はねてないと、印象変わるんだな」
 
 いつもはぴんぴん跳ねている髪が、水気を含んでペタリとしている。
 髪型一つで変わる、とはよく言ったものだ。
 ―――女の子。
 普段は性別を感じさせないのに、こんな時だけひどく艶やか女の色香が見え隠れする。
 膝の上でちんまりと身体を縮めて、視線を落ち着かないというように彷徨わせる少女。
 タンクトップの隙間からまだ未発達な胸元がのぞく。すんなりと伸びた足は何も隠すもの
 がなくて、美しいラインが自分の足に絡んでいる様は喉を鳴らしたくなるくらいに―――。
 
「なぁ、刹那」
「何だ」
「やっぱこれ、後でいい?」
「は…?」
 
 ロックオンは近くに置いていた書類を床に放ると、目を瞠る刹那の腰を引きよせた。
 片手を腰に回したまま、噛みつくように唇を奪う。
 息をのむ気配に、閉じた目の奥で笑った。
 ゆっくりと唇を離すと、慌てたように肩を押される。

「何を…!?」
「あーごめん。前言撤回する」
「な、に…」

 赤銅色の眸が何度も瞬きを繰り返し、小さな手が自分の唇を覆った。
 キスなんて初めてじゃないのに。
 そう思うけれど、きっと刹那にとっては、何度交わしても慣れないものに違いない。
 可愛い可愛い、年下の恋人。
 にやり、と目を細めると、ピクリと震える身体。膝の上に乗せたままの体勢だから、その
 震えはダイレクトに伝わる。
 
「何もしないつもりだったけど、無理」
「は?」
「イタダキマス」

 ちゃんと手を合わせてそう告げると、細い身体を抱きしめたままベッドに背中からダイブ
 した。
 スプリングの軋む音と、刹那の小さな悲鳴。
 自分の顔がにやけているのを自覚しながら、ロックオンは体勢を入れ替える。

「ロックオン!」
「んー?」
「報告…!しにきたんじゃないのか!」
「んー、後でなー」
「っ…!今しろ!服を脱がすな!」

 ようやく状況が呑み込めたのか、タンクトップの裾から侵入してきた手を身をよじりなが
 ら避ける。
 けれどもうそんな抵抗は無駄だ。
 欲を含んだ翡翠とかちあった瞬間、ああもう駄目だと悟った。
 だがここで諦めるのも癪だ。刹那は腰から胸元に這わされた手をつねる。

「…せっちゃん、痛い」
「痛くしてるんだ。当り前だろう」

 すぐ傍にあるロックオンの顔は、少しだけ情けなくて。
 ため息をついてつねっていた手を離す。

「刹那」

 熱を孕んだ声は、聞いた方の耳を犯すかのよう。

「手袋くらいははずしてくれ…」
「ん」

 諦めたようにそう言うと、ロックオンは革手袋を口ではずす。
 胸に触れた手をそのまま刹那の口元まで這わせていくから、仕方なく手袋を口で脱がせて
 やった。

「刹那」

 再度呼ばれた名前は、どうやら今更な問いかけで。
 答えの代わりに手を伸ばして茶色のきれいな髪を撫でてやる。指先で髪を弄るようにする
 と、焦らされたと思ったのか、ロックオンがもう片方の手を刹那の頬に滑らせた。
 ―――明日は二人とも休暇で、予定はない。トレミーの中、というのが引っかかるが、き
 っとこうなった以上、彼が引くことはないだろう。

「大きな子供だな、アンタは」
「刹那が可愛いのが悪いんだよ」

 パチン、とウインク付きで言われても、この状況下では嬉しくはない。
 小さくため息をついて髪に触れていた手を首に回して引き寄せた。
 重なった唇から、笑みがこぼれる。

「じゃ、イタダキマス」

 小さく囁かれた声に、残すなよ、と答えたのが翻弄される前までの記憶。







May I touch it?

     ―――だって、キミが無防備で可愛すぎるのが悪い!



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

       たまには短いのを…!と頑張った割には、微妙な感じに仕上がりました…。
       うう、精進します。 それにしても、このロックオンはそんなにヘタレてないと思
       うんですけど、いかがでしょうか?(笑)
       画像はぐらん・ふくや・かふぇ様からお借りしています。

           09/10/12 ごちそうさまでした、と言うにはしっかり食べないとね?