タクトが銀河美少女(笑)でスガ←タクです。










 この気持ちに気づいた途端、失恋した。
 ―――彼には可愛い婚約者がいたから。
 それでも一度根付いた想いはどんなに押し込めようとしても、枯れずに芽を出してしまった。









      Dusk over the glass








「君はガラス越し、有りな人?」

 休み時間の教室で、もはや日常とかした問い。タクトはまたかと嘆息して、紅い眸を瞠らせた。

「ねぇ」
「え…ぼ、僕…ですか?」

 てっきり後ろの席に座っている人妻さん――もといカナコに声をかけたのだとばかり思っていた。
 けれど男子生徒の目は明らかに自分に向いていて、窓ガラス越しに話しかけてきている。
 まさか自分にこんな誘いがありえるなんて、タクトにしてみれば青天の霹靂だ。
 声をかけてきたのは、青いネクタイの色からして三年生らしい。結構美形、なんて思っている場合じゃない。

「えっと…あの…」

 どうしたものかと困惑する。教室の誰もがさり気なくこちらを伺っているのがわかった。ワコやルリなどは興
 味津々という体でタクトを見ている。
 居たたまれずに視線を泳がせると、不意に青い髪が目についた。全く興味がないとばかりに本に視線を落とし
 ている。
 ―――彼が助けてくれるなんて期待は最初からしていない。彼はタクトが誰を好きだろうと、きっとどうだっ
 ていいのだ。だからこちらを見ようともしない。
 そう思うと、なんだか悲しいような切ないような、苦しいようなないまぜの気持ちになる。
 だから答えた。

「―――いいですよ」

 一瞬にしてざわめいた教室の声を無視して、タクトは続けた。

「でも、唇はダメ」
「え?」
「ほっぺたとか、とにかく口以外ならいいですよ」
「ふぅん?」

 少し困惑したような男子生徒は、それでもいいかと言うように窓ガラスに唇を寄せてきた。
 タクトも目を閉じて顔を寄せる。ひんやりと冷たいガラスが額を冷やした。
 なんとなく目を開く。相手越しに見えた外は気持ちのいい快晴で、透き通る青はひどく綺麗だった。
 そんな青を焼きつけて、タクトはそっと目を閉ざす。青は彼の色だ。ツキリと痛んだ胸は気付かないふりをし
 た。

 数秒だったのだろう。またね、と軽い声と共に気配が離れた。タクトも小さく笑って窓から顔を離す。
 冷えた額だけが残り、唇の感触なんて全く分からない。
 ガラス越しの何が面白いんだか―――。小さくため息をついた時、背後からくすくす、と笑い声がした。
 ゆっくり振り返ると、カナコが組んだ手の上に顎を乗せてタクトを見ている。

「可愛いこと、するのね」
「…なんのこと?」
「唇以外なら、だなんて」
「ああ、そのこと…」

 つっこまれるかな、とは思っていた。肩をすくめて見せると、カナコは笑みを深める。

「どうして唇はダメなの?ガラス越しであって、直接キスするわけじゃないのよ?」

 わからないわ、と首を傾げる姿はどこか妖艶だ。
 タクトは困ったように笑って先程間に挟まれたガラスを指で辿る。
 少しだけ自棄になったのは認めよう。あの眸がこちらを向かないのなら、もう誰だろうと同じだと。
 けれどどうしても唇を重ねることは躊躇われた。例えそれがガラス越しでも。
 何と言葉にしたらいいのかわからなくて、空を見上げた。

「…直接じゃなくても、唇は好きな人としたいな、って。そう思っただけ」

 ぽつりと呟いたそれはチャイムの音にかき消された。
 けれどどうやらカナコには聞こえていたらしい。小さく瞠られた紫がその証拠だった。

「…タクト君、好きな人がいるのね」

 蠱惑的に微笑んだカナコへ笑みだけを返して、タクトは前に向き直った。
 一連の様を見ていた金色の眸には全く気がつかずに。








 今日は部活が中止になったらしい。
 部室へ向かおうとしたタクトに、ワコが携帯のメールを見せながらそう言った。
 サリナに急用が入り、今日はワコも何やら用があるのだとか。

「そっか。なら仕方ないね」
「うん。ごめんね、昼休みに言おうと思ってたんだけど、タクト君今日は一緒に食べなかったでしょ?」
「あー、ごめん。屋上に行ってたんだ」

 手を合わせて謝ると、ワコは首を横に振った。

「いいよ、別に。たまにはタクト君にだって物思いに耽りたい時があるのかな?」
「うーん、どうだろ…」

 タクトの曖昧な返答に、ワコが目を瞬かせる。
 あのガラス越しの一件から、タクトにいつもの元気がないと気付いているのだろう。
 そっと握られた手に驚いてワコを見つめると、彼女は真剣な目でタクトを見ていた。

「ねぇ、何かあった?」
「…ワコが心配することじゃないよ」
「…本当に?今日のキスのことといい…タクト君、何かあったんじゃないの?」

 ワコの茶色の眸がタクトの内面を見透かすように射抜く。
 その直向きさが好きだと思う。巫女だからか、澄んだ心意気には救われることが多い。
 でも今は、その目が恐ろしかった。ワコがタクトの気持ちを知ったら、きっと応援してくれるだろう。けれど
 現実は何も変わらない。スガタの目がタクトに向くことはない。

「本当に、何もないんだ。だから心配しないで」

 今のままで充分だから、変わらないで欲しいと願う。
 ワコを、スガタを守り、二人が幸せになれるようにサイバディを破壊すること。
 自分にしか出来ないことをしている。
 それが課せられたわけではなくても、スガタのためならば―――。

「そんな顔しないで、タクト君…」
「え…」

 ちゃんと笑っているつもりなのに、ワコは何を言うのだろう。握られたままの手にじわりと汗がにじんだ。
 不安そうな茶色の目に映る自分の顔はなんだか途方に暮れたようで、少し戸惑う。
 大丈夫なのだと、伝えなければ。ワコに心配をかけてはいけないのに。ワコが哀しそうな顔をすると、スガタ
 が傷ついてしまう。
 何か言わなければと思うのに、口を開くことが出来なかった。
 そんなタクトにワコは手の力を強めて微笑む。

「今は話したくないならそれでいいよ。でも、話せるときがきたらお願い、ちゃんと教えて。いつも元気なタ
 クト君がそんな顔してたら気になっちゃうよ」
「ワコ…」
「私だって、守ってもらってばかりじゃないよ」

 ワコは―――強い。
 この笑顔に、いつだって救われる気分だ。きっと、彼もそうなのだろう。
 だからこの笑顔を見ると安堵と嫉妬が入り混じのだ。ワコのことを話すときのスガタがあまりにも優しい目を
 するから。切れ長の月のような眸が細まって暖かみを増す。その眸が好きだけど、辛い。
 その目が自分に向けばいいのに、と。途方もなく願うのに。

「…うん…。そうだね…」

 力なく笑い返して、タクトは教室を後にした。








 演劇部――夜間飛行の部室は静寂を保っていた。
 足の赴くままに進んでいたら、いつの間にかここにいた。
 赤く燃える夕日が眩しい。タクトは窓辺に近づくと、そっと手を伸ばした。
 こんなに赤く染まっているのに、ひやりと冷たいガラス。触れた指先に走った冷気に震える。なんだか触れて
 はいけないものに触れた気分になり、俯いた。

「…タクト?」

 カタリと響いた物音と、背後から聞こえたよく知る声。
 驚いて振り返ると、薄暗くなった室内に青が見える。ゆっくりと近づいてくる足音を身じろぎもしないで迎え
 た。

「どうしたんだ?今日は部活は休みだと聞いていないのか?」
「あ…いや…ワコから聞いてる…」

 タクトの前まで歩み寄ってきたのはスガタだった。訝しげな視線に拳をきつく握る。
 今日彼と話をするのは朝の挨拶以来だ。いつもなら休み時間ごとにスガタの席へタクトが行き、話しかけては
 スガタが答える。そんな形で話していたのに、今日は違った。
 話しかけに行けなくて、ずっとタクトは自分の席から動かなかった。だからガラス越しのキスにも誘われたの
 だろう。
 目の前に立たれているのに、視線を合わすことも出来ない。そんなタクトにため息が落とされる。

「…どうした?」

 心配を含んだ声と、頬に触れてくる手に目を瞠った。
 古武術をしているスガタの手は少し節くれだっている。けれど白くてとても綺麗だ。頬を包んでくるそれはタ
 クトの体温よりわずかに低い。
 ぐ、っと強く上向かされ、否応なしに視線が絡む。日の落ちていく室内で、スガタの金色だけが煌めいた。そ
 の色に惹きつけられる。タクトに向けられるそれも、優しい目だ。けれどワコに向けられるものとは少し違う
 色をしている。
 それが辛くて、手を振り払おうとした時だった。

「―――お前はちゃんとここに居るな」
「…え…?」

 真摯な眸がタクトを見ている。逸らすことに失敗した視線は抱き寄せられたことでスガタの方から逸らされた。
 細いのにタクトを抱きこめるほどに広い身体は男のもので。薄い闇を含んだ青がタクトの頬をくすぐった。

「スガ、タ?」
「…夕日の中でお前が溶けてしまいそうに見えた。…消えてしまうんじゃないかと」

 囁くような声が、いつもと違う。おそるおそるスガタの背中に腕を回すと、抱きこむ力が強まった。

「…僕はここに居るよ?」
「ああ…」
「大丈夫。…ワコを、スガタを守るって決めたからいなくなったりしないよ。二人が幸せになってくれるなら、
 それでいいんだ…」

 だから、傍に居させて。
 そう告げたタクトは目尻を柔らかく吸われる感触にびくりと身体を震わせた。
 鼻先が触れるほど近くに、スガタの顔がある。

「…泣くな、タクト」
「スガ…タ…?」

 辛そうに端麗な顔がゆがむのを茫然と見上げる。
 いつの間にか頬を伝っていた涙を、彼が唇で拭ったらしい。
 困惑した頭に吹きこむように、スガタは続けた。

「僕はタクトにも幸せになって欲しい。出来る事なら、僕が一番近くに居たいんだ。…好きな人がいてもいい。
 僕にもお前を守らせてくれ…」
「好きな、人…?」
「いるんだろう?ワタナベさんと話してたじゃないか」

 不機嫌そうに言うスガタに、思わず目を瞬かせる。
 まさか聞いているとは思いもしなかった。スガタはタクトがガラス越しのキスを迫られている間、一度もこち
 らを見ていなかったはずだ。その後カナコと交わした会話もまさか聞こえていたとは―――。

「唇へのキスは好きな男のためにとっておいてるのなら…それ以外は僕が貰う。―――他の誰にも渡さない」

 スガタの右手がタクトの頬に添えられる。
 軽く上向かされた先、視界は金色に染まった。

「―――スガタ…!」
「ガラス越しだろうと、お前に触れる奴がいるのは許せない。まさかタクトが受け入れるとは思わなかったん
 だ。…本当はあの時、止めに入りたくて仕方なかった」
「っ…」

 囁きながらも、触れている手の体温より少し冷たくて柔らかいものがタクトの顔に落とされていく。あの時は
 冷たいだけだった額には、他の場所より長く押しつけられた。
 スガタの左手はタクトの腰にまわされており、離れることは容易に出来ない。
 最後、とでも言うようにスガタのそれがタクトの唇に触れそうなぎりぎりの場所に落とされて、柔らかな熱は
 過ぎ去った。


「タクト…僕は君が誰よりも好きだ」


 再びきつく抱きしめられ、耳元で告げられた言葉にタクトは固まった。
 脳がその言葉を反芻して、意味を伴ってくる。

「何…言って…?」
「タクトが好きだ。…何度でも言うよ。僕は―――」
「まっ、だって、ワコ…」
「ワコへの気持ちは親愛だ。けど、タクトへの気持ちはそうじゃない」

 鼻先が触れそうな距離でスガタの金色を見つめる。逸らすことなど許されない気がした。

「好きだよ。…タクトだけが特別に」

 スガタの声がどこか遠くて、自分に向けられたものだとは認識できずにいた。けれど金色の双眸がタクトだけ
 を映している。こんな状況なのに、その目がひどく綺麗だと思った。

「うそ、でしょう…。からかってる…?」
「…冗談でこんなこと言えるほど、僕は器用じゃない」

 隠しごとはするけれど、スガタは嘘をつかない。それを知っていたはずなのに、衝撃が強すぎて何も考えられ
 なくなる。足に力が入らなくなったタクトが座り込むと、それを追うようにスガタも膝をついた。

「…スガタは僕のこと、どうでもいいんだと思ってた」
「タクト?」
「ガラス越しのキスも、スガタじゃないなら誰だって同じだって思ったから、OKしたんだよ…」

 俯いたまま話し出す。涙声になっていて、きっと聞きとりにくいだろう。けれどスガタは一字一句聞き逃さな
 いとでも言うように息をひそめて、こぼれる涙と言葉を受け止めていた。

「僕はワコみたいになれないから…。スガタのこと、何でもわかってて受け入れて寄り添うなんて出来ないか
 ら…。だからスガタは僕のことなんかただの友達で、二人と一人で―――」

 ずっと引っかかっていた。まるで抜けない棘のようにタクトの中に、その言葉が。
 王の柱を使ったスガタが眠りについてしまったあの日。泣くワコに何も言うことが出来ず、またスガタを目覚
 めさせる術もわからなくて。何も出来ないタクトはワコの言葉に胸が締め付けられた。
 タクトの知らない時間を共有してきた二人の間に入ることなど出来はしない。
 強烈な疎外感と途方もない不安。所詮よそ者だと言われている気分になった。
 スガタが目覚めて、また三人でいるようになっても不安は消えなかった。―――スガタが好きだと気づいたか
 ら。だからつらいのだと知ってしまったから。
 だからもういい、諦めてしまえばいい。スガタにとって大切なものはワコで、ワコもきっとそうで。スガタの
 一番にはどう願ってもなれない―――。

「僕を見てくれないなら、誰としても同じだって思ったのに…なのに君の…スガタのことが浮かんで消えなく
 て…!だからたとえガラス越しでも唇には出来なかった…」

 自嘲するように話すタクトは涙をこぼしながら力なく笑う。
 こんな気持ちは誰にも告げるつもりはなかった。ましてやスガタにだけは絶対に知られたくなかった。けれど
 スガタが言ってくれたことを信じていいのなら―――。
 タクトはぎゅっと目を閉じて涙を払う。大粒の雫が床に零れ落ちて弾けるかすかな音がした。
 熱を持った瞼が痛い。きっと今夜は盛大に赤くなって腫れることだろう。もうここまで吐露してしまったのな
 ら、最後まで言い切ってしまいたい。
 タクトは泣きはらした顔をあげて、涙で滲んだ視界のままスガタを見つめた。

「僕はスガタが好きだから。スガタが大好きだから…」
「―――っタクト…!」

 言い終えた途端、伸びてきた腕に抱き寄せられた。

「好き。大好き…スガタが、好き…」

 もうその言葉しか出てこなくて、タクトはあたたかな腕の中でひたすら伝え続けた。
 告げる度強くなる腕に身体を預けて、そっと顔をあげる。
 優しい月の光のような、そんな金色がタクトを見つめていた。ワコに向けられるものよりずっと甘くて、融け
 てしまいそうなくらい熱いのに柔らかい眸。先程は辛いと思ったその色がたまらなく愛しい。

「…タクトは僕となら唇へのキス、あり?」

 これ以上にないと言うように甘い笑みを浮かべたスガタが問う。
 タクトはたまらずに手を伸ばしてスガタの首に腕を回した。青い髪の間から見える耳に唇を寄せて、そっと呟
 く。

「…スガタとなら、ガラスいらないよ。だって僕の好きな人だもん…」

 小さな返答に、スガタはタクトの柔らかな頬に手を添えて唇を重ねた。
 もう日は落ちきり暗くなった空に瞬いた星を、タクトはスガタの肩越しに見上げる。
 静かな夜の空は、スガタによく似ていると思った。










「ねぇ、キミはガラス越しありな人?」

 休み時間の教室は、その声に一瞬だけ静まり返った。
 窓際の席に座る紅い髪の少女はその問いに困ったように微笑む。

「…ごめんなさい。ナシな人です」

 少女が答えると、声をかけた男子生徒は目を瞬かせた。

「あれ?この間はOKしてたじゃない」
「うーん、そうなんですけど…」

 ことりと首を傾げ、頬をかく仕草は可愛らしい。
 少女は視線を泳がせながらざわめく教室を見渡す。そうしているうちに誰かと目があったらしく、ふわりと甘
 やかに笑いながら言った。

「王様が妬いちゃうから…ダメ、です」

 周囲には意味がわからないことを呟いた少女は、一礼して席を立ってしまう。
 男子生徒は肩をすくめて去っていった。



「あら…いつの間に…」

 その少女を観察するかのように観ていたカナコは紫の眸を瞬かせた。
 視線の先でその少女は青い髪の少年に笑いかけている。こっそりと絡ませた指には、きっと他の誰も気づいて
 いない―――。















 
 
 
 
 
 
 
 


       ハマってついに書いてしまいました…!スタドラのスガタク♀です。
       ブログに最初の方はちらりとあげていました。やっと続きを書きあげたのでUP。
       ガラス越しとスガ←タクはやっぱり書いとくべきでしょう、と思ってこんなお話に。
       最後がまさかの頭取ですが、私、あの人結構好きです(笑)
       読んでくださって、ありがとうございました!!

          2011.02.13 ガラスの冷たさはもう感じないように。