どうしても、人は一人じゃ生きられないから。
 だから傍にいたいと思うのでしょうか。


 ―――神様。

 たった一つ、欲しいものがあります。
 それは決して高価なもの――金や宝石などではなく、果てのない征服欲の煩悩
 を具現化したものでもない。

 何より優しい、あなたの子ども。
 あの日目の前に舞い降りた、天使が。

 ずっとずっと、ここに居てくれることが願いです。


どうか聖夜に奇跡が起きるのなら、俺に彼女をください。









        Miraculous snow (前)










 乱暴に放られたコートは重たげな音をたててソファに落ちる。
 苛立ちを隠そうともせず、盛大に舌打ちをしてテーブルに拳を叩きつけた。
 くしゃりと白い手が宵闇色の髪をかきあげる。
 アスランはきつく翡翠を瞼で覆った。

 数時間前、急にかかってきた実家からの電話に出たのが間違いだったのだ。
 いきなり呼び出され、訳もわからないまま一人の少女と対面させられた。

『お前の婚約者のラクス・クライン嬢だ』

 父の勝ち誇ったような笑みに腸が煮えくり返るかと思った。
 今思い出しただけでもむかつく。
 家に縛られるのが嫌で、義務教育が終わると共に家を飛び出した。
 父が決めた学校には行かず、普通の公立高校に入学。学校近くのマンションで
 一人暮らしを謳歌して2年。
 居場所や学校を捕まれていることはわかっていた。
 だけどなるべく実家に近づかないように気をつけていたのに。
 どこから漏れたのか、自分がザラ家の一人息子だと漏洩され、学校では浮いて
 しまっている。
 数人の友人は知られても態度を変えないでくれたが、教師たちが黙っていな
 い。
 平穏で静かな学校生活は家のせいで台無しだった。
 そして今回の婚約。
 母の墓参りくらいしろと言われて、行った帰りにいきなり拉致られた。
 父が仕組んだことだとすぐに気づいたが、走っている車から飛び出すわけにも
 いかず。

「くそっ」

 ピンクの長い髪に薄藍の瞳を持つ彼女はよく知っていた。
 毎日のようにテレビで見かける少女は、数年前から熱狂的な人気を誇る歌姫だ。
 父親同士が友人だったなんて初めて聞く。
 画面越しより何倍も美しかった。世間が慈愛の天使だというのも頷ける。
 だがアスランにはなんの感慨も浮かばなかった。
 確かに美しく優しい空気を纏っていたが、彼女を連れてきたのが父だというだ
 けで印象など負のものしかない。
 何もかもを勝手に決めていく父親に本気で縁を切りたい衝動にかられた。
 苛立ちが治まらない。
 アスランは盛大なため息を吐き出すと、ソファに身を沈めた。
 最近学期末も近いことから何かと忙しかったせいで、睡眠も食事もおろそかに
 なっている。
 襲ってきた睡魔に流されるままに、意識を手放した。
 









 ふと、意識が浮上する。
 誰かが頭を撫でる感触に強張っていた身体が力を抜いた。
 あたたかいのはふわりとかけられた毛布のおかげだろう。
 ―――しかし誰が?
 ここに入るには角膜照合をして暗唱番号を入力しなければならない。家の手が
 入らないよう、セキュリティを強化したのだ。
 よってこの部屋に入れるのはアスランとたまに雇うハウスキーパーだけ。
 しかし今日は頼んである日ではないし、時間的にもありえない。
 ならばこの優しい手は誰のもの。
 アスランは離れていく手を無意識におった。

「まだ、眠っていていいよ」

 聞こえてきた柔らかい声に、アスランは逆らえず意識を闇に落としていく。
 完全に落ちる瞬間、囁くような言葉に小さく頷いた。

「待ってて。もうすぐちゃんと逢いにくるから」

 あなたにただ寄り添うために、神様にお願いするから。

 目が覚めた時には、忘れていた。
 だが自分でかけた覚えのない毛布と、額に残った感触を不思議に思う。
 窓辺に白い羽根が落ちていたことには気づかなかった。









 キラはベランダからふわりと飛び降りる。
 ここは高層マンションの最上階だが、そんなことは関係なかった。
 真っ白い服にさらさらとこぼれる亜麻色の髪を気に留めず、キラは地上に向か
 って落ちていく。
 あわや地面に激突する、というとき。その背中には純白の羽が広がっていた。
 大きなその翼は鳥のように羽ばたき、キラの身体を激突から避けた。
 キラは近くの木に着地する。羽で身体をくるむようにして太い枝に腰掛けた。

「…彼がアスラン…」

 とても疲れていた。
 身体はもちろん、でもそれより―――心が。
 表面はそうでもないが、奥底。
 彼自身も知らない傷が彼を蝕んでいる。
 彼の話を聞いたときから、とても気になっていた。
 傍に居てあげたいと思った。

「…今年は彼のところに決めた。早く帰って神様にお願いしよう」

 この寒い地上に一定の期間だけ居られる魔法をかけてもらうために。

 キラはゆっくりと彼の居る部屋を見上げた。

「…待ってて」

 ばさり、と大きな音を立てて木の枝から飛び立つ。
 木に休ませてくれた礼を告げると、キラは天(そら)に向かっていった。











 12月も数日過ぎた。
 美しいイルミネーションにも見慣れ、どんどん寒くなる街並みはいつ白く染ま
 ってもおかしくはないだろう。
 早く部屋に入って暖かいものでも飲みたい。
 マフラーに顔をうずめるようにして歩いていると、マンションの入り口に人影
 を見つけた。
 真っ白なコートが遠目にもはっきりしている。
 ―――住人の誰かの知り合いだろうか。
 アスランは不思議に思いながら、失礼にならない程度にその人物を見た。
 亜麻色の長い髪が背中にただ流されている。
 大きなアメジストのような瞳が何かを探すようにきょろきょろと忙しなく動か
 されていた。
 寒さのせいかほんのり赤く染まった頬や鼻先、そして手袋をつけていない手。
 白い息が度々手にかけられるが、この寒さの前では意味を成さないのか、しき
 りに擦り合わせている。
 なんとなく。声をかけたのはなんとなくだった。

「…あの?このマンションの人に何か用ですか?」

 こちらに向けられた大きな宝石のような紫がアスランを捉えて―――更に大き
 く瞠られた。
 アスランは面食らって肩を揺らす。
 初対面の少女のはずなのに、なんだろうか。
 自分の知り合いに、こんな少女はいない。こんな―――天使のような。

「…アスラン・ザラさん」

「え」

 フルネームを呼ばれ、我に返る。
 彼女としっかり視線が重なった。
 途端に嬉しそうに目を細めた少女に、アスランはわけもわからず抱きつかれた。

「っな!?」

「よかった!お部屋の番号聞くの忘れちゃったから、もう家にいたらど
 うしようかと思ったんだ!」

「は?え、何…」

 満面の笑みを浮かべた少女は、混乱するアスランの手を握ると、小さく首を傾
 げた。
 小動物のようなその仕草に、変な動悸を感じる。

「何も聞いてない?僕のこと」

「…何もって…君は誰だ?」

 少女は小さくため息を吐くと、困ったように頬に手を当てた。

「もう…おじ様ったら。伝えておくっておっしゃったのに」

「おじ様…?」

「君のお父さん。僕は君のハウスキーパーとしてパトリック・ザラさんに雇わ
 れたキラ・ヤマトです」

 差し出された細い手を、アスランは握り返さず目を逸らす。
 何も聞いてないどころか、いつの間にかまた勝手に決められていたことに腹が
 立った。

「すまないが…手伝いは必要ない。俺は自分で大体なんでもできるし、特に人
 の手が必要だとも思わない」

 大きな瞳がアスランの拒絶に揺れる。
 キラの外見はどう見ても自分と同じくらい―――下手したら自分より下ではな
 いだろうか。
 そんな年頃の少女にハウスキーパーを頼むなんて、父はどうかしている。

「せっかく訪ねてきてくれたのに悪いけど…」

「アスラン」

 帰ってくれと、言おうとした。
 しかし言葉を遮るように名前を呼ばれ、アスランは伏せていた目をキラに向け
 る。
 透明なアメジストに自分が映るさまを不思議な気持ちで見つめた。

「君が本当に手伝いなんていらないって知ってる。でも…僕はここにいるよ」

「な…」

「約束の期間はクリスマスまでなんだ。25日が終わったら、僕はいなくなる」

 勝手すぎるほどの言い分に、アスランが声を荒げようとするが、キラはただ微
 笑むだけだ。
 柔らかなそれに、アスランは言い返せなくなる。

「お願い。ただ傍に置いてくれるだけでいいよ。クリスマスまで」

 静かな声だった。
 クリスマスには、また実家に帰ってラクスに逢わなければならないことになっ
 ている。
 キラが来たのは、それまでに自分がどこかへ逃げないようにだろうか。
 アスランの苦々しい顔を、キラはほんの少し哀しそうに見つめた。











 鳥の泣く声に目を覚ます。
 休日の朝は少し遅い。
 気だるい身体を起こしてリビングに向かうと、見慣れてきた背中が見えた。

「おはよう、アスラン!」

 コーヒーとパンの焼ける匂いに、アスランは小さく微笑んだ。
 キラがきてもう2週間になる。
 初めのうちは戸惑いのほうが大きかったのに、今はもうすっかり慣れてしまっ
 ていた。
 朝起きて、部屋が暖かいことだとか、食事の準備ができているとか、誰かと話
 しながら一緒に食べることだとか。
 ほんの些細な日常が、馴染むと楽しいことに気づいた。
 家を出て、穏やかに過ごすのは久しぶりな気がする。
 いつも家のことがばれてしまわないかと、父に連れ戻されやしないかと気を張
 っていた。
 キラがきてから―――目が合うと微笑まれ、話しかけると嬉しそうに返してく
 れる。
 心が溶かされていくように、じんわりとする。
 まだ出逢ってほんの少しなのに―――。



「今日はどこか行くの?それとも家でのんびり?」

 朝食も片づけまで終わり、のんびりとコーヒーを啜っていたアスランに、キラ
 が問いかけた。
 同じようにマグカップを待って少し離れたソファに腰を下ろす。
 マグカップの中身は多分紅茶だろう。キラがコーヒーが苦手だと聞いてアスラ
 ンはわざわざ紅茶を買ってきた。
「ありがとう」と本当に嬉しそうに笑ったキラに、アスランも笑みをこぼした
 のをきっかけに、アスランはキラに対する態度が変わったのだ。

 キラは不思議な少女だった。
 16歳だといったが、年齢の割に妙に落ちついた態度や仕草を見せる。
 魚や肉をあまり口にせず、口にするときは必ず祈りを捧げるのだ。


「…買い物にでも行かないか?一緒に」

「え?」

 きょとん、としたキラに微笑みかけ、飲み干したカップをテーブルに置いた。

「ここに来てから、まだ一度も出かけてないだろ?クリスマスのイルミネーシ
 ョンとか…綺麗なものが多いから見るついでに」

「…ツリーとか?」

「ああ。駅近くのショッピングモールとかは華やかだってテレビでもあってた
 し。どう?」

 悪戯っぽく問いかけると、キラは目を輝かせる。
 駅前のショッピングモールはこの時季、光の洪水状態だ。
 その華やかさは見る価値があるだろう。
 それに、一緒に出かけたいと、思ってしまった。

「行きたい!」

「じゃぁ決まり。夕食も外で食べよう」

 キラが嬉しそうに笑みをこぼすと、胸が満たされる感じがした。
 いそいそとカップを片付けて準備をしだす後姿を見ながら、アスランは自然と
 微笑んだ。












 美しく彩られた街の様子を、いくつも重なって流れるクリスマスソングを、キ
 ラはきょろきょろとしながら眺める。
 後ろを歩くアスランは、キラが人にぶつかったり転んだりしないか心配してい
 た。

「アスラン!ねぇ見て!」

 様々なショーウィンドウの飾りを指差してははしゃぐ少女に、微笑んでやる。
 アスランの家に来たときと同じ、真っ白なコートの裾が振り返るたびに翻った。
 たまには何の目的もなくぶらぶらするのもいい。
 いつもなら決して思わないことが、キラと居ると楽しくて仕方がなかった。

「アスラン」

 キラの甘い声が自分の名前を呼ぶ。
 長い亜麻色の髪にいつの間にもらったのか、淡いピンクの花が飾られていた。

「どうしたんだ?それ」

「ふふっ、ほら、そこのお店。最後にひとつ余ったからってくれたの」

 彼女が手を振る先を見ると、早々に店じまいをするのか、老夫婦がにこにこし
 ながら手を振り返していた。
 どうやら花屋らしい。
 アスランが礼を込めて頭を下げると、老夫婦も小さく頭を下げて笑った。

「よかったな、キラ。―――似合ってる」

 アスランが何のていらくもなく言うと、キラがほんのり頬を赤く染めた。

「君ってちょっと天然たらしだよね…」

「え?」

 よく聞こえなくて首を傾げると、キラはそっぽを向いてしまう。

「なんでもないよ!行こう?」

 駆け出そうとする少女に苦笑して、アスランは細い手をとった。
 目を瞠るキラに微笑んで手をつなぐ。

「慌てなくても時間はまだあるよ。放っておくと迷子になりそうだ」

「…ならないよ。…僕はアスランならどこに居ても見つけられるもん…」

 ゆっくりと目を細めて、キラは手を握り返した。
 最後のほうは、流れる喧騒にまぎれ、アスランには届かなかった。









 食事はキラに合わせて、どちらかというとベジタリアン向けのこじんまりとし
 た――けれども有名なレストランを無難に選択した。

「どうぞ、キラ」

 椅子を引いて座らせると、キラはほんの少し居心地が悪そうにする。
 アスランが視線で問うと、困ったように微笑んだ。
 決して嫌ではない、けれど照れてしまうのだとこぼす。

「君は…こういうところに慣れてるよね」

「まぁ…嫌でも慣れさせられてしまったからな。本当は…家で家族と過ごすと
 か、そんな普通に憧れていたけど」

 現実に、そんな時間はなかった。
 小さい頃はよく「なんで」と思ったものだ。
 誕生日もクリスマスも、家族で過ごしたことはない。
 父も母もそれぞれの付き合いや、会社の事情でほとんど家に居ることがない。
 それが当たり前の環境で育ってしまったから、アスランは長いこと知らなかっ
 た。
 家族で過ごすことがどんなに優しくて幸せか―――。

「俺の家のようなところでは…そんな優しい時間はなかったからな…」

「…寂しい?」

 キラのアメジストの瞳が、テーブルに備え付けてあるキャンドルの光にゆらゆ
 らと揺れている。
 その瞳が哀しげに見えて、アスランも知らず吐露していた。

「昔は、いつも寂しかった…。誰も居ない家ってどんなに灯りがついていても
 暗いんだ。世話をしてくれる人は居たけれど、それでもやっぱり両親が居ない
 日は寂しかったよ」

 周りの家は暖かそうだった。
 静まり返った家の中で、隣家から楽しそうな声が聞こえるのがつらかった。
 そんな家が嫌いだった。
 与えられるものは確かに多かったけれど、それ以上に欲しいものがあった。
 それは本当に、些細だけど大切なものだったから。
 母は、いつだって一人家に居るアスランを気にかけていてくれた。
 どんなに仕事が忙しくても、クリスマスや誕生日には人目だけでも、と空いた
 時間に逢いに来てくれたし、電話やメールをこまめにくれていた。
 その母が亡くなったとき、初めて知った。
 家族がいることがどんなに幸せか。

「父は…俺を道具のようにしか見ていないから、なおさら反発したくなったん
 だ。だから家をでて…何の柵もないところに行きたかった」

 ぽつぽつ話しながら食事を進めていく。
 こんな話、空気が重くなるだけなのに、キラは何も言わずにただ聞いていた。
 時折アスランが顔を上げると、優しく微笑むほかは何もしないし、言わない。
 けれどその微笑が何より嬉しかった。

「キラが来たときも…正直父の回し者が来た、って思ったんだ。俺は見張られ
 ているんだって…」

 アスランは苦笑しながら続ける。
 キラは軽く目を瞠って不満そうに名前を呼んだ。

「父に言われて来たって言うから。そうだと思ったんだよ」

 ごめん、と告げて自分の分のデザート皿を差し出すと、キラは憮然としながら
 も受け取った。

「僕は…そんなつもりで来たんじゃないよ」

 アメジストがアスランから離され、淡く光をはじくグラスに向けられた。
 薄い琥珀色の液体がゆるりと波を描く。

「ただ…頼まれたんだ。アスランの様子を見てきてくれって」

「…そうか」

 瞳を伏せた様子がどこか儚くて、アスランがキラに手を伸ばしたときだった。


「あら…?アスラン?」


 鈴の鳴るような、そんな声がして。
 翡翠の瞳が軽く瞠られて声の主を映した。
 キラも釣られるようにしてそちらを見ると、そこにはキラと同じく真っ白な格
 好の少女。
 ピンク色の長い髪に、笑みの形を作った薄藍の瞳。
 ふわふわとした印象の歌姫で、アスランの婚約者になった少女――ラクスが立
 っていた。

「ラクス…」

「こんなところで、奇遇ですわね。アスランもこのお店を?」

「あ…ええ。母がよく連れてきてくれていたので…」

「そうなんですの。あら、そちらは…」

 立ち上がったアスランにラクスはにっこりと微笑みながら話しかけた。
 アスランもたどたどしく対応する。
 キラは二人を呆然と眺めていた。


 ピンクの、ふわふわした髪。
 優しそうで、聡明な薄藍の瞳。
 聞いていた通りの可愛らしい、女の子。
 ―――この人が、アスランの婚約者。
 このまま運命の通りにいけば、彼女がアスランの伴侶になる。
 それは決まっていたことで、アスランにとって幸せなこと。

 なのにどうして、僕の胸は痛むのだろう。
 彼と彼女は対の翼が見えるのに、どうして。


「…キラ?」

 訝しげな声に、キラははっとして思考の海から戻る。
 顔を上げるとアスランが覗き込もうとしていた。
 ラクスもこちらを気遣わしげに見ている。

「え、あ、ごめん…ちょっと考え事してた」

「そうか。…放っておいてごめん、紹介するよ」

 アスランは翡翠の瞳を優しく細め、キラを見る。
 そして立ち上がり、ラクスの手を取ると並んで立った。

「キラ、彼女はラクス・クライン。…俺の婚約者」

「こんばんは、キラ様。初めまして、ラクス・クラインですわ」

「初めまして…ラクスさん」

「ラクス、この子はキラ・ヤマト。今俺の家でハウスキーパーをしてくれてい
 るんです」

「まぁ、そうですの。ふふふ、こんな可愛らしい方にお世話していただいてい
 るなんて、アスランは幸せですわね」

 ころころと鈴のような笑いをこぼすラクスに、アスランも小さく笑う。
 キラは二人を見ながら、胸が痛むのを止められなかった。
 立ち並ぶ二人はとても似合っている。
 見目麗しい外見は誂えたように二人が並ぶに相応しく、キャンドルの灯りの
 中、微笑みあう姿は穏やかで、これから先の幸せな未来を映しているようで。

「…よかったら、ラクスさんも一緒に…ってあとはデザートとお茶だけなんで
 すけど」

 キラの申し出に、ラクスは少し考える素振りをしたあと、後ろに控えていた黒
 服の男性――ボディガードに少し話して戻ってきた。
 自分にしたのと同じように、アスランは受け取った椅子を引いてラクスを待つ。
 微笑んで当たり前のように座り、アスランと話しだした。
 キラもときたま混ざって談笑する。
 けれど住む世界の違いか――キラには殆ど話がわからなかった。
 だからただ微笑んで二人を見る。
 胸の中では何かもやもやとしたものが湧き上がっていた。


 アスランの瞳が、他の人を映すのが、つらい?
 自分とは決して結ばれない彼が、他の人と並ぶのが、嫌?

 こんな感情、知らない。
 ただでさえ、人間の感情なんて知らないのに。


 キラは自分が抱える感情を理解できず、二人もまた、キラの哀しげな顔に気づ
 かなかった。









 帰り道。
 ラクスはまだ仕事があるのだと、少し早めに店を辞した。
 真っ暗な中、少し離れて歩いていく。
 白い息が闇に溶けて、ますます寒さが増すようだった。

「…雪、降らないかなぁ」

「え?」

 店を出る前から殆ど口を開かなかったキラが、ポツリとこぼした声は小さくて。
 アスランは振り返ると首をかしげた。
 手に持った紙袋が音を立てる。キラがあまりにも熱心見つめるから、小さなツ
 リーを購入したのだ。
 闇の中でもはっきりしたアメジストはゆっくりと細められる。

「雪が降って欲しいな、って」

 細い指が空を指して、そのまま掬うような仕草をする。
 天に祈るようなその様子に、アスランは頬を緩めた。

「雪…好きなのか?」

「うん。白くて、綺麗。…光が当たっていると、銀色に見えて…とっても幻想
 的だって聞いたから」

「見たこと、ないのか?」

「僕がいたところでは積もらなくて」

 残念そうに眉尻を下げた少女に、少年はゆっくりと歩み寄った。
 寒さで赤くなった手を包むようにして握る。

「…アスラン?」

 きょとり、としたキラにアスランは翡翠を細めた。

「…このくらい寒いなら、クリスマスには降るだろう」

「クリスマス…」

 アメジストの瞳がふるりと揺れる。
 聖夜には、ここを去らなければならないのに。
 この人の隣で、幻想的なその風景が見られたらどんなに―――。

「一緒に見よう?」

「アスラン…」

 クリスマスまでに雪は降るだろうか。
 この人の隣で、一緒に見られるだろうか。

「―――うん。きっと…」

 出来ない約束かもしれない。
 キラは目が潤むのを止められなかった。






















       久しぶりの更新は、ブログで書きかけていたクリスマスものです。
       もう大晦日なのにクリスマス小説…しかも終わってないと言うていたらく…。
       後編に続きますが、どうぞおつきあい頂きたいと思います。
       
           07/12/31  雪の降る日に。