vow of mistletoe













  『遠い空の彼方から』
 

  遠い空の彼方から 歌の声がひびきます
  ナザレのまずしいおとめに 生まれました
  うたえノエルと 高らかに

   羊飼いよおきなさい 光の輪が照らします
  平和と清いよろこびは ひろがります
  うたえノエルと 高らかに

  
 







 12月―――黒の教団もこの2日はアクマも世界の情勢も忘れて過ごす。
 
 ―――聖夜。仕事に出ていないエクソシストやファインダーたちは、よほどの事情がない限りここで開かれるパー
 ティーに参加する。
 クリスマスイヴに「明日は二重のお祝いだから、今日は静かに過ごそう」と提案したのはもちろんコムイで。
 皆が可愛がっているあるエクソシストを盛大に祝うことが、毎年この日の暗黙の了解だ。


 だからこの2日間、アレン・ウォーカーは大変忙しい。








 December 24th

 目覚めてすぐにアレンが見たのは自分を囲う白いシャツを着た腕。
 一緒に眠っていた恋人のものだと気づき、アレンはそっと顔を上げた。
 視界に入ってきたのは、不機嫌そうな恋人の顔。それを見て、アレンは笑った。

「おはようございます、神田」
「……ああ」

 今や習慣になった朝の挨拶は頬へのキス。どちらから始めたのかもう忘れてしまうほどに繰り返してきた。(ちなみに
 どの挨拶にも必ずキスをする習慣がついてしまっている)

「24日…ですね」

 アレンが苦笑すると、神田は眉間の皺を深くする。
 笑いながらすり寄ると、無言で抱きしめてくれた。

「ねぇ神田、僕お願いがあるんです」
「……なんだ?」

 アレンが何かを強請るのは珍しい。神田は少し目を見開く。
 食欲以外に物欲があるとは思えなかったが、アレンが欲しがるものが何なのか気になった。
 腕の中の銀灰色の目に疑問を投げかけると、アレンは目を細める。


「あのね神田、僕―――」


 アレンが内緒話でもするかのように手を口の近くに寄せて、口を開いた時。
 小さな声を控えめなノックの音が消してしまった。

「悪い、神田。起きてるか?」

 ドアの向こうから聞こえて来たのは多分リーバーの声。

「…ああ。少し待ってくれ」

 神田が起き上がろうとしたアレンを制してベッドから降りる。ドアを少しだけ開くと、やはりリーバーがすまなそうな顔
 をして立っていた。
 こんな朝から彼が直接呼びに来るということは―――――。

「…任務か?」
「ああ。こんな時に悪い。急ぎの任務だ。室長が呼んでる」

 神田が頷くとリーバーは「じゃぁ」、と足早に去って行った。

 完全に気配がなくなると、ドアを閉めて小さくため息を吐いた。神田は椅子にかけていた団服を羽織る。

「神田」
「…悪い」

 手早く漆黒の髪を結い上げながら、神田はアレンを振り向いた。

「任務…ですね」
「ああ」

 羽織ったままだった団服をきっちり着込む姿をアレンはベッドに座ったまま見つめていた。

「いってらっしゃい」
「―――早く終わらせて帰ってくる」

 漆黒の目が少しの後悔と落胆を映していた。他人にはわからない程度のその表情にアレンは微笑みかけた。
 頬を包む神田の手のひらに自分の手を重ねる。

「待っています。怪我をしないでくださいね」

 いつものように互いの額に口づけを落としあって、アレンは部屋から出る神田を見送った。










 December 25th

 アレンは神田の部屋で目覚めた。
 昨日神田が任務に出た後からずっとこの部屋で過ごしている。
 割れていた窓はアレンが寒いと訴えたのでこの間修理された。だからすきま風が入ることもない。
 何もない、けれど彼の気配の残った部屋は自分の部屋より安心できる。―――それでも、少し寂しい。

「…誕生日なのになぁ…」

 呟いた声に何かが返ってくることはなく、アレンはベッドに顔をうずめた。
 本当の生まれた日は知らない。けれどこの日が自分の―――アレン・ウォーカーの生まれた日。

今、漆黒を纏うあの人が傍にいてくれないことが何より淋しいと思った。







「アレン君!誕生日おめでとう!」

 コムイの声を皮切りに、パーティーが始まった。

「ありがとうございます」

 アレンが笑うと、周囲も笑って次々祝いの言葉を贈る。

「アレン君、アタシ頑張ったのよ〜!沢山食べてちょうだい」

 ジェリーが腕に大皿を沢山載せて運んでくる。
 アレンの好物が盛られた大皿がテーブルに置かれていった。どれも美味しそうに湯気を出しており、アレンは嬉々と
 して食べ出した。



「アレン君、こっちに来て!」

 ひとしきり料理を堪能したアレンをリナリーが会場の中央へと呼ぶ。
 手を引かれるままに進むと、きれいに飾り付けられた巨大ツリーがあった。

「わぁ、きれいなツリーですね」
「ふふっ、アレン君、ツリーの下を見て」

 リナリーが指差した先には、大量の包装紙の山。大小様々なそれに、アレンは銀灰色の目を見開いた。

「君へのプレゼントだよ」

 後ろからかけられた声に振り向くと、シャンパングラスを持ったコムイが微笑んでいた。

「コムイさん…こんなに沢山…?」
「みんなが用意したがって、こんな量になっちゃったわ」
「リナリー」

 柔らかく微笑む二人を交互に見て、それから周囲でグラスを掲げて笑う馴染みの人々を見る。
 生まれて来たことを皆に祝福されて、アレンはうっすらと涙を浮かべた。

「ありがとう…本当に」

 はにかむアレンを囲んで、皆が手に持ったグラスを掲げた。
 プレゼントを開けてみて、と催促され、アレンはリナリーと包みを丁寧に開いていった。
 キャンディの詰め合わせ、バスセット、観葉植物に人形、小さな置物やペーパーナイフ、万年筆―――。
 様々な贈り物にアレンは始終嬉しそうな歓声をあげた。


「ああ、アレン君。これも君にプレゼントだよ」

 あらかた開封し終わった頃、コムイが手渡してきたのは今までのプレゼントの包みより小さい。だが少し重いもの
 だった。
 ニヤニヤ笑うコムイを横目に、首を傾げながら簡単な包装をとくと、中には―――。

「これ…オルゴール…ですか?」

 ネジがついており、精巧な中身が見える仕組みになっているそれはガラス細工で出来ていた。
 天使が十字架を大切そうに抱きしめて、翼を広げている。細かい翼が作った人の腕のよさを物語っている、美しい
 ものだった。

「こんなきれいなもの…誰が…?」

 贈り主が気になり、コムイを見ると、彼は面白そうに、けれどどこか嬉しそうに微笑んだ。

「誰からだと思う?」

 チェシャ猫のように目を細めて、コムイは逆に問い返す。
 アレンは手の中のオルゴールをじっと見つめた。

 美しい天使と十字架の装飾。
 昔、似たような白い陶器の像を見たことがあるような気がして、必死に記憶をたどる。
 あれはいつ?あの時、傍にいたのは―――。


「まさか…師匠…?」

 パッと顔をあげたアレンに、コムイは正解だというように頷いた。
 
「昨日届いたんだ。ものすごく厳重に包んであるから怪しいものかと思っちゃったよ。…カードがついていてね。クロス
 から君に誕生日とクリスマスの贈り物だよ」

 驚愕したアレンはオルゴールを凝視する。
 そういえば、あの自分勝手な師匠が唯一きちんとした一日を送ってくれるのは、12月25日だけだった。
 毎年わかりにくい仕方で祝ってくれていた。―――今年も、覚えていてくれた。

「師匠…」

 オルゴールを抱きしめて、アレンは幸せな気分に浸った。


「アレン君」

 貰った物を抱えて、一旦部屋に戻るというアレンに、声がかかる。手招きするコムイに近づくと、ツリーに飾ってあっ
 た星を渡された。

「アレン君、今日は聖夜だから…きっと神に愛された君が祈れば、神様は願い を叶えてくれるかもしれないよ」

 手渡された手のひらより少し大きな星は、キャンドルの炎を受けて金色に光った。





『アレン、祈りなさい』

 まだ養父が生きていた頃、誕生日にいつもそう言われていた。『今日は聖夜でお前の生まれた日だから、神様は
 きっとお前を一番愛おしんでくれているよ』と。


 もう外は真っ暗だ。今は雪が止み、空には一面の星が広がっている。アレンはパーティー会場を抜け出し、一人
 裏庭に来ていた。
 風が冷たい。吐く息は真っ白で、このまま外にいると凍ってしまいそうだ。
 だけど中へ戻りたいと思えず、そのまま空を仰ぐ。

 願い事が―――ある。
 ただ、それは本当に願っていいのかわからない。
 
 神様に願うのではなく、彼に願いたいこと。

 
 ふと雪に埋もれた木のひとつに、何かが提げられているのを見つけた。
 気になって近づいてみると、それはどうやらクリスマスリースのようなもので。しかしそれにしては飾りがない。

「…クリスマスリース…じゃないのかな」
「それ、ヤドリギさぁ」
「うひゃぁぁ!?」

 背後からいきなりかけられた声に驚いて、思わず奇声を発してしまう。
 振り返った先にはニコニコ笑う、片目を眼帯で隠したオレンジ色の髪の青年。

「ラビ!!」
「よ、アレン。ただいまさ」
「おかえりなさい。もう、びっくりしたじゃないですか」

 ゴメン、と言いつつ全く反省していないラビに、アレンも怒りを維持していられなかった。

「よかったですね、今夜帰ってこれて」
「ホントホント。聖夜まで仕事は嫌さ…」

 しくしくと泣きまねをする仕草に笑いながら、任務の話を聞いたり、教団での話をする。

「あ、アレン誕生日オメデトウ」
「ありがとうございます」

 に、と笑って差し出された手には小さな鈍い銀色のペンダントヘッド。

「魔除けさ。よかったら使って」

 ありがとう、と受け取ったそれを失くさないようにポケットへ仕舞う。

「ユウも任務だったんか。ついてなかったさ。アレンも残念だったな」

 神田との仲を取り持ってくれたのはラビとリナリーだ。にまにまするラビを横目で睨みながらアレンは溜息をついた。

「仕方ありませんよ。丁度神田しか空いてなかったんですから」

 アレンもリナリーも23日に帰還したばかりで、コムイたちはまだ傷や疲れの癒えていない二人を出すより、神田が適
 任だと思ったのだろう。もし25日だったらコムイも神田を行かせなかっただろうが―――。


「タイミング悪いな…。アレン、ヤドリギのこと知ってるさ?」

 首を横に振ると、ラビは木にかかったヤドリギを指差す。

「言い伝えがあるんさ。聖夜はヤドリギの下にいる乙女にキスしてもいいって。恋人同士がヤドリギの下でキスする 結婚の約束を交わしたことになるんさ」
「そんな言い伝えがあるんですか…」
「ヤドリギは誓約なんさ。―――幸福と、長寿の予言の」

 それは聖夜の誓い。大切な人と交わす永遠。
 もし。もしここに彼がいたら。

「ユウがいたらよかったな」

 アレンが遠い目をしたことに気付いたのだろう。ラビが隻眼を細めて苦笑した。

「あと3時間は25日さ。…中で帰ってくるのを待とう」

 寒い寒いと連呼しながらラビは室内に足を向ける。アレンもそれについていきながら、一度だけ振り返って木に下
 げられているヤドリギを見つめた。








 あと30分で日付が変わる。
 アレンは冷えた神田の部屋でクロスに貰ったオルゴールを聴いていた。

「やっぱり…間に合わないかなぁ」

 任務先がどこかは聞いていない。アレンは嘆息すると窓の外を見つめる。
 また降り始めた雪が白く、深く積もっていく。
 ―――雪はあまり好きではない。一人世界に置き去りにされた気分になる。

 アレンはコートを羽織るとそっと部屋を出た。
 オルゴールの音は未だ止まらず、部屋の明かりにゆるりと反射した。



 行き着いた先はあのヤドリギの下。
 共に誓う人はいないけれど、と呟いてアレンはそっと膝をついて目を閉じる。
 
 そして、祈った。

 エクソシストである自分たちが永遠を誓ってもいいのかわからない。叶えられる確率は少ない。
 それでも願わずには、祈らずにはいられなかった。


 ―――少しでも長く、愛する人たちと共に笑っていられるように。漆黒を纏うあの人と抱き合っていられますように、
 と。

 真っ白な世界の中、アレンは祈った。








 December 26th

 何か暖かいものに包まれている。アレンはそっと目を開いた。

「……あれ?」

 神田の部屋に戻ったあと、一人でベッドに入った。
 ―――なら、今自分を抱きこんでいるこの腕は。

「いつ…帰ってきたんですか」

 冷えている頬に触れると、けぶる様な漆黒が現れる。いつもは鋭い目が起き抜けのせいか、ぼんやりして柔らか
 い。

「…夜中だ。日付が変わって30分くらい経ったころ…」
「そうなんですか?もう少し起きていればよかった」

 残念だと唇を尖らせると、ぎゅっと胸元に密着させられる。大きな手が白銀の髪を梳く。
 それが気持ちよくて、アレンはくっついた白いシャツに頬をすり寄せた。

「悪かったな…日付が変わる前に帰り着く予定だったんだが…」
「仕方ないですよ。雪も大分降っていましたし…。それより、怪我してませんよね?」
「ああ」

 ぱっと顔を上げて視線を絡ませる。ゆっくり微笑むと、口付けが降ってきた。

「おかえりなさい、神田」

 首に手を回してしがみつく。背中に回った腕がきつくなったことが嬉しかった。





「結局、お前の欲しいものはなんだったんだ?」

 抱きしめあったままアレンが楽しそうに昨夜のパーティーの様子や受け取ったプレゼントの話をしていると、神田がポ
 ツリと呟いた。
 きょとん、としているアレンに任務前に話していただろうと眉間にしわを寄せる。

「欲しいものがあると言っていただろう」
「…ああ…」

 正確には、願い事だったのだが。

 こちらをじっと見つめる漆黒の目はアレンが口を開くのを待っている。アレンは静かに首を振った。

「いいんです。自分で叶えますから」

 きれいに微笑むアレンに、神田は納得がいかないという顔をする。

「じゃぁ神田、一日遅れですけど、祝いの言葉を」

 ―――生まれてきた日の感謝を。

 溜息をひとつ落として、神田はアレンの手を取って起き上がる。そして希望通りに祝いの言葉を。
 それからついでとばかりに耳元で囁いたのは―――愛の言葉。




 顔を真っ赤に染めて、とろけるような笑みを浮かべたアレンと、目元を少し赤く染めた神田が、朝日の差し込む部
 屋で、誓うように口付けを交わした。

「来年はヤドリギの下でキスできればいいな」とこっそり思ったアレンの願いが叶うかどうかは来年のお話。
 





















       
       2006年12月23日の日付がありました。その頃に書いたDグレの神アレ前提
       アレン君バースデー話。いま読み返すと恥ずかしい…(苦笑)
       本当はアレン君の願い事、考えていて後日談みたいなのを、と思っていたような?
       何にせよ、4年も前のことですから覚えていません…。
       クリスマスも近いので、再UPしてみました。

           2010.12.19 聖なる日に、貴方と共に在ることを。