夜空は見えない。
 あの日見た、たくさんの星も今は。
 分厚い雲に覆われたままの空は、ただただ暗くて。

 光がないと、こんなにも何も見えないのかと、一人泣いた。






 
 
 
 
      08.  雨に流されてしまえばと願えど
 
 
 
 
 
 
 


 
 少しずつ、部屋の荷物は減っていく。
 箱に納めるもの、捨てるもの、様々だ。
 引っ越しとは案外大変なのだと初めて知った。
 ライルには話してあるが、ニールはいまだに何も知らない。
 つい先日の彼らの誕生日も、ただ例年通り祝いの言葉を述べて、プレゼントを
 渡して終わった。
 二人とも外見はそっくりなのに、好みは少し違うから、プレゼントを選ぶ時は
 いつも迷う。
 今年はライルにはジッポを。ニールには簡易プラネタリウムの機械を贈った。
 ずいぶん羽振りのいいプレゼントだな、と驚くニールとは対照的に、ライルは
 渋い顔をしていたけど。それは彼がこれで最後だと知っているからだろう。

「…刹那」

 背後からかけられた声に振り向くと、ライルがドアのところに立っていた。
 普段からあまり生活感のない部屋が、更に何もなくなったのを見て、彼は痛そ
 うに目を細める。 
 
「だいぶ片付いたんだな…」
「ああ。元々そんなにものがなかったから…」
「そっか」

 きょろきょろと翠が部屋を見渡す。刹那の持ち物は、彼女が物に執着しないこ
 ともあって、ひどく少ない。
 服や靴だって、ライルやニールからの贈り物の方が多いだろう。
 勉強道具や、時折使うパソコンなどは自分でどうにかしていたようだが、それ
 以外のものはほとんどないに等しい。
 唯一、大好きなプラモデルはすでに大切にくるんで箱の中だ。
 淡白にもほどがあると苦笑すると同時に、執着を持てない子供を哀れに思った。

「…ん?」

 ふと、片隅に寄せられた箱に目がいった。
 小さくはない箱の中に、薄い冊子や見覚えのあるぬいぐるみなどが収められて
 いる。
 様々なものが詰め込まれた箱。

「刹那、これ…」

ライルの声に、赤褐色が向けられ、そして瞠られた。

「…もらったものだ。どうしようかと思って…」

 困ったように伏せられた目に、再度箱の中を見やる。
 薄い冊子はアルバムだ。ライルが撮ったものもあれば、幼いころの―――それ
 こそ出逢った頃のものもある。
 それだけ長い間共にいたのだと、知らしめるようなそれ。
 ディランディ家にも同じ写真がある。幼い自分たち兄妹と刹那が映ったもの。

「捨てたりなんか出来ない。けど…持っていくのは、少し痛い」
「…そう、だな…」

 日に焼けていないそれは、きっと大事に取っていたのだろう。
 そっとめくると、懐かしくなった。

「こんなこともあったんだよなぁ」
「まだ二人とも高校生だったな」
「そうそう!体育祭とか、文化祭は来たことあったろ?」
「エイミーが誘いに来て…。入れ替わっていたことに、誰も気づいてなかったん
 だったな」

 二人が見ている写真には、狼男の仮装をしたニールが刹那を抱き上げ、隣でラ
 イルがエイミーに耳を引っ張られているところだ。



 彼らが高校生の頃、文化祭でお化け屋敷をした。
 ニールのクラスは喫茶店だったのだが、休憩時間に抜けてきて、ライルのクラ
 スに入り浸っていたらしい。
 それまではニールがギャルソン、ライルが狼男の扮装だったらしく、周囲の生
 徒は二人が入れ替わっていたことに全く気付いていなかったという。



『この子、だれ?』
『妹さんは一人よね?』

 抱きあげられた刹那に視線がいくと、子供はその視線から逃れるように身をす
 くめた。
 狼男――ニールはそっと小さな身体をゆすって安心させると、聞いてきた生徒
 を横目で見る。
 きゅ、と握られた刹那の手に軽く口づけて。

『俺のお姫様』

 そう言うと普段とは明らかに違う、甘い笑みを浮かべた。
 思わず頬を赤くした女子生徒に、ライルとエイミーが肩をすくめる。
 刹那は目を瞬かせて、ニールを見つめた。

『ったく、兄さんは刹那に甘いもんなぁ』
『そうそう。お兄ちゃんは刹那が大好きだもんね?』

 でも私も刹那の事、好きよ!とエイミーが笑って。ライルも苦笑して。
 ニールが満足そうに頷いて、刹那に言った。

『俺たちの大事な家族だよ。なぁ、せっちゃん』



 大切に大切にしてくれた。
 その思い出がたくさん残っている。
 目を伏せて微笑む刹那に、ライルは何も言えず、ただ頭を撫でた。
 箱の中には、ニールやライルがプレゼントした品もたくさん入れられていた。
 どれも懐かしく、当時のことを思い出させる。
 ―――確かに、これらすべてを連れていくのは辛いことかもしれない。

「ニールには何も言わないで行くんだろ」
「…ああ。そのつもりだ」

 言ったところで、もうどうにもならない。
 両親の離婚も、この家を離れることも、幼馴染じゃなくなることも。
 離れてしまえば、いつか隣に住んでいた子供のことなど、忘れてしまうだろう。

「本当に、それでいいのか?あいつだけ何にも知らないで、お前が今まで苦しん
 できたことも何もかも知らないままで―――」

 こんなの、不公平だ。
 真剣なターコイズグリーンがそう言っている。
 まだニールには何も話していない。これから話すつもりもない。
 刹那はそれでいいと思っている。何も知らなくて、いいと。

「ライル。…もう十分だ」
「せつ…」
「今までたくさん優しくしてもらって、いらないって思われてた俺を救ってくれ
 て。十分だろう?ずっと俺の世話なんかさせてしまって…ライル、あんたに
 も感謝してる」
「っ…そんなの」
「両親さえいらないって言うんだ。俺を好きになってもらおうなんて、思っては
 いけなかったんだ…」

 ずっと不思議だった。
 中学、高校と上がっていくにつれ、少しずつ増えてくる告白。
 両親すら愛してくれなかったのに、好きだなんて。
 口下手で、無表情で、周りの女の子のようにふくよかでもないのに。
 どうしてそんなことを言うのだろう。
「彼」はそういう対象として、刹那を見てくれなかったのに。

「妹で我慢していればよかった。…家族だって、そう言って優しくしてくれただ
 けでも幸せだったのに」

 囁くように吐露される想いは、ひどくライルの胸を締め付ける。
 感情を出すのが苦手な刹那を、いつも掬い上げていたニール。
 どうして今、こんなさみしい顔に気付かない―――。

「刹那…」

 渇いている赤褐色の眸が、あまりにも哀しくて。
 兄以外の前では泣けない少女が苦しくて。
 ライルは細い身体を抱きしめた。
 小さく震えた身体が、痛い。
 薄い肩に頭を預けて、滲んでくる視界を遮断した。

「…ライル…?」

 不思議そうに呼ばれる名前に、返事を返すことも、顔を上げることも出来なか
 った。








 卒業式も終わり、そろそろ学年末の結果が出る。
 熱で何日か学校を休んでしまったが、ティエリアや友人のおかげで授業に遅れ
 ることもなく、テストにも特に影響はなかった。
 学校は何とか転校せずに済みそうだ。新しく住むことになったマンションから
 は少し時間がかかるものの、そう遠くはない。
 寒さもほんのり和らいできた気がする。
 まだ校舎の影に溶け残った雪が鎮座しているのをみて、刹那は小さく息を吐い
 た。

 このままニールと離れることを、本当は恐れている。
 ライルに話したことは本心だ。けれど未だ消えない恋情は離れることを拒む。
 報われないとわかっていても、溶け残った想いはしこりとなって胸にあるのだ。

「俺もたいがい馬鹿なんだな…」

 溶け残って、汚れていく雪と同じ。
 そう思うとひどく空しかった。

「あの…セイエイさん?」
「ああ、すまない」
「それで、あの、返事をもらえますか…!」

 目の前に、顔を赤くした男子生徒がいることを、すっかり失念していた。
 朝から靴箱に入っていた手紙の主だ。
 行かないのも返事のうちだと思っていたが、何も応えてもらえないのも辛いと
 知ってから、なるべく返事に出向くようになった。
 答えは―――決まっているのだけど。

「…すまない。気持ちは嬉しいが…」
「そう、ですか…」

 赤かった頬が、みるみる白くなっていく。
 申し訳ないと思う。けれどだからといって、受け入れるわけにもいかなかった。
 優しそうな人だ。なぜ、こんな欠陥品を好きになったというのだろう。

「あの…」

 そろりと見つめてきた彼に、首をかしげる。
 彼は困ったように笑って聞いてきた。

「セイエイさんは、絶対に告白しても受けてもらえないって聞いてました。…だ
 から、あの、好きな人がいるんですか?」

 思わず息をのむ。
 その反応を見て、彼が苦笑した。

「そうだったんですね」
「…ああ」
「…告白、しないんですか?」
「……しない。しても、無駄だから」

 もうすぐいなくなる人間に好きだと言われたところで、困らせるだけだ。
 今まで妹として可愛がってきた子供に言われても―――。
 きつく拳を握ると、爪が手のひらに当たってちくりと痛んだ。
 俯いた刹那に、男子生徒は慌てて無意味に腕を振る。

「すみません、なんか込み入ったこと聞いたみたいで」
「いや…気にしなくていい」
「でも、あの…」

 男子生徒は泳がせていた目を、直と向けてきた。
 正面からかち合った視線は、案外強くて。

「玉砕するってわかってても、告げた方がいいときもある、と思います」
「…え?」
「俺も今日、言えてよかったなって思ってるので、その…」

 どこか自信のないように話すが、その優しい声は刹那の胸に響いた。
 ―――似ている。感じが、彼と。
 意図せず口元がゆるむ。
 自分の周りは優しい人が多い。

「ありがとう」
「…え」
「ちゃんと言ってくれて。…知らないままより、よかった」
「あ、はい!」

 ふわりと目を細めた刹那を直視した男子生徒は頬を染めた。






「刹那」
「…ティエリア」

 教室に向かう廊下に、背筋をぴんと伸ばして立っているティエリアに、刹那は
 小さく笑う。
 呼び出されたことを誰からか聞いたのだろう。
 いつもこうして、そっと見ていてくれることに気づいたのはいつだったか。

「呼び出されたにしては…すっきりした顔だな」
「ああ。…少し、意外なことを言われた」

 隣に立つと、カメリアの眸が不思議そうに見てくる。

「何を言われたんだ?」

 その問いに、刹那は窓の外を見た。
 まだ溶けない雪が、影の中で白く光っている。
 先ほどまで苦い思い出それを見ていたのに、今は溶け残った雪もきれいに見え
 た。

「ティエリア」
「…なんだ?」
「ニールに、話す」

 軽く瞠られた眸に、そっと視線を合わせる。
 あんなに弱音を吐いて、言わないと言い切ったのにきっと呆れるだろう。
 けれど何も残らないなら、吐き出してしまった方がいい。
 両親のこと、今までのこと、まだ感謝も想いも何も話してはいないから。

「好きだとか、そういうことは告げられるかわからない。でも…感謝してること
 だけは伝えたいから」

 ずっとずっと傍にいてくれた。
 あの日、ニールが刹那を連れて帰っていなかったら、自分は今ここにいなかっ
 た。
 きっと壊れて、もっと何もなかった。
 誰かを好きになることもなかった―――。
 小さく微笑む刹那に、ティエリアも目を細めて笑う。

「そうか。話すと決めたなら、ちゃんと話せ。…その後は肩でも胸でも貸してや
 るから」
「…ありがとう、ティエリア」
「礼などいらない。…友人だからな」

 そっと頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになった。
 ティエリアの綺麗な笑みに背中を押される。
 今日帰ったら。そしたら話をしよう。
 ライルが遅い日だから、少しだけ不安だけど。
 胸中で決意して、そっと目を伏せた。








 珍しく、星の見える夜だった。
 曇りがちだった空は、今日だけは綺麗に瞬いていて。

「ニール」

 記憶にないほど久しぶりに正面から見つめた顔は、やっぱりライルとはどこか
 違って。
 驚いたように、ターコイズグリーンの眸が瞠られる。
 今日はライルがいない夕食だから、来るとは思っていなかったのだろう。

「急にすまない」
「あ、いや…飯、食うか?」
「…あるなら、もらう」

 もちろんある、と破顔した彼に刹那も小さく微笑む。
 離婚と刹那の身の振りが決まった後、両親があの家に帰ることはなくなった。
 帰る、と言うには語弊があるかもしれない。彼らにとって、ここは「家」では、
 「帰る場所」ではなかったから。
 だってそうだろう。帰る場所だったらきっと、この隣家のようにあたたかく優
 しい場所で、あんな暗くて寂しい場所じゃなかったはずだ。
「ただいま」も「おかえり」もない場所じゃなかったはず―――。

「…今更…か」
「刹那?何か言ったか?」

 ニールが不思議そうに振り向いた。
 首を横に振り何でもないことを示すと、彼は機嫌がよさそうに刹那の分を皿に
 盛る。
 こんな光景も最後だ。穏やかな食事の時間も、彼に向き合う時間も。
 忘れない。きっとこの先何があっても、消えることはないだろう。
 そのくらい好きで、大切だったから。

「食べようぜ!」
「…ああ」

 昔、まだ好きだと気付く前はニールの正面、もしくは隣が刹那の定位置だった。
 こんなに穏やかな食事の時間はそのころ以来で。
 嬉しそうなニールに、かすかな胸の痛みと、湧き上がるような喜びを感じた。





 夕食が終わり、片づけを手伝った後、刹那はソファーからニールがお茶を淹れ
 てくれるのを見ていた。

「ほら、刹那」
「…ありがとう」

 カップには熱い紅茶がなみなみと注がれている。
 ニールが近くに座ったのを皮切りに、刹那が口を開いた。

「…ニール」
「うん?」
「両親の離婚が決まったんだ」

 目を見開いた彼に向って、表情を変えずに淡々と話す。

「今月中にはあの家を出る。…成人するまでの資金は両方からくれるらしい。ど
 ちらとも暮らさないから、これから一人暮らしだ。今までとそう変わりはないし、
 もう引っ越しの準備も出来ている」
「刹那…?」
「だからニール。…今まで、ずっと面倒をかけた。感謝してる」

 本当に、これで最後。
 刹那は締め付けられる胸の痛みを無視して微笑む。
 そうでもしなければ、今にも泣いてしまいそうだった。

「あの日、俺を助けてくれてありがとう。…出会えてよかった」
「せつ―――」
「もう俺にかまうことなんてない。…あんたは自由だ」

 しっかりと彼の顔を見て、告げる。
 写真も想いも、与えてくれたものも、置いていくけど。
 いつか思い出せたらいい。両親には愛されなかったけど、彼がいてくれたこと
 を。痛みじゃなくて、ただ胸に灯りがともるような感覚で。

「ごちそうさま。…明日も学校だから、帰る」
「……せつ、な…」
「―――さよなら、ニール」

 今、自分は笑っているだろうか―――。
 さよならは、思ったよりすんなりと口から滑り出た。
 何も言わない彼の前を通ってリビングのドアを開ける。
 玄関に向かう廊下はひどく冷たい。身震いをして、息をついた。
 この家を出たら、本当に終わりだ。
 そう思うと、胸に穴があいたような喪失感と、どこか安堵を感じる自分がいる。
 そっと玄関の扉に手をかけ、押した―――その時だった。




『両親の離婚が決まったんだ』

 何の感情もこもっていないその声を聞いた瞬間、やっぱり、という思いがよぎ
 った。
 刹那が自宅の玄関の前で立ち竦んでいたあの日。
 冬の雨の中、虚ろな赤褐色にこちらの心が凍るかと思った。
 抱きしめて、ようやく泣いた刹那。
 大切な幼馴染。感情をうまく表せない子供が、自分を見るたびに表情を変える。
 その瞬間が何より愛しくて、好きだった。
 笑顔でも、泣き顔でもいい。自分に向けてくれるのなら、なんだってよかった。
 ずっとずっと、見ていたかった。

『―――さよなら、ニール』

 へたくそな――泣きそうな笑顔とともに落とされた離別に、内側から何かが切
 れる音が聞こえた。





 背後からいきなり腕を掴まれ、刹那は思わず開けかけていたドアから手を離す。
 驚いて振り向くと、息がかかるくらい間近にターコイズグリーンがあった。
 掴まれた腕が冷たい。それがどちらの体温なのか――それとも両方なのか――
 わからない。
 扉がガタン、と静かな夜の住宅街に響いたのではないかと言うくらい大きな音
 をたてた。

「ニー…!」

 名前を最後まで呼ぶ暇はなく。声は重なった熱いもので塞がれた。
 これ以上なく瞠った視界に映るのは、伏せられた長い睫毛。
 ―――何が、起こっているのだろう。
 どうしてこんなに近くに、彼の顔がある?どうしてこんなに腕が痺れて、足が
 震えて、唇が熱い?

「…っ!」
「刹那」

 ゾクリとするような艶を含んだ声で名を呼ばれた。
 暗がりで翠がそっと瞬く。
 その眸がひどく傷ついた色を映していたから、刹那は混乱した。
 こんな彼は知らない。

「刹那…」

 大きな白い手が、短くなった髪を梳く。
 もう長かった名残りすらない髪に、彼がほんの少しだけ顔を顰めた。
 首筋にかかる指がくすぐったくて、身をよじる。

「嫌だ」
「…にーる…?」
「…行くな。…離れないで」
「な、に…」
「刹那」

 名を呼ばれた瞬間、再び唇に熱を感じた。
 呼吸を奪うようなそれに、目を開けていられない。
 苦しくて彼の胸を叩く。

「んん…っ!」

 唇が離れ、縋るように抱き寄せられた。

「刹那…」

 毒でも流しこまれたかのように、身体がいうことを聞かない。
 見つめあったまま互いに動けなかった。
 深いターコイズグリーンの眸に、自分の眸が映る。
 その硬直状態を打破したのは、ニールのジーンズに入った携帯電話の着信音だ
 った。
 甲高い音が静寂を破り、響く。
 その音にはっとした。

「っ、放せ!」
「せつ―――」

 何か言おうとするニールを尻目に、刹那はニールの腕を振り切る。
 キスも、抱きしめられることも、何もかもが唐突で。どうして、という気持ち
 が胸中をぐるぐる回る。
 もう何も考えられず、とにかくその場から逃げたくて、ニールの身体を押しの
 け飛び出した。
 背後から名を呼ばれた気がする。けれど振り返る余裕なんてない。
 刹那は自分の家に駆け込んだ。

 唇どころか、全身が熱い。
 玄関のドアに縋りながらずるずると、冷たいタイルの床に座り込む。

「なんで、こんな…」

 わからない。ニールには恋人がいて、今まで刹那のことなど、妹だとばかり言
 っていたくせに。残酷なまでに、そう言っていたくせに。
 さっきだって、戸惑った眸で刹那を見ていたくせに。

「なにも、気付いてくれなかったくせに…。俺がどんなにアンタのこと好きでも、
 アンタは妹としてしか見てくれなかったくせに!」

 大切にしてくれたのは、「妹」のようだったから。
 何度も繰り返された言葉。ニールへの恋心を自覚してから、言われる度に軋ん
 だ胸は、今だってじくじく痛んだままだ。
 先に手を離したのは、彼だったのに。

「どうして、こんな…キスなんかするんだ…」

 もう戻れないのに。
 離れると決めたのに。

「ニール……」

 どうしてこの想いを捨てられる―――。
 キスも、抱きしめられたことも、戸惑う心に反して、身体は正直だ。
 彼が好きだと、全身が叫ぶ。
 刹那は座り込んだまま、泣いた。



















 

 
 
 
 
 
 
 
 

       お好きなように、罵ってください。ニールを(笑)
       思った以上にヘタレました。ごめんなさい…。
       でも『俺のお姫様』発言は入れられてよかったです。ニールがいうと
       様になると思うんですけど、いかがでしょう?
       残すところ、後2話です。最後までお付き合い頂ければ光栄です。

          09.09.11 シリウスは気高く―― 一人きりで光る。